ピュア・ラブ

「こんばんは」
「はい、ああ、モモちゃんですね」
「はい、お世話になりました」

夜も遅くなると、患者もいないのか、先生が受付に座っていた。
橘君より若いのか、一緒なのか全くわからないが、若い先生だ。
受付の後ろのドアを開けて中に入ったが、出てくるときは診察室から出てきた。
モモは渡してあったカゴに入れられてきた。

「モモ、良い子にしてた? ごめんね、寂しかった?」

透明になっている蓋の上から声をかけると、モモはミャーミャーと鳴いた。

「良い子にしてたよってね。ご飯もちゃんと食べて少しお散歩もして元気にしていましたよ」
「お散歩ですか?」
「ええ、屋上が人工芝になっていて、預かっている子たちを遊ばせたりするんですよ。モモちゃんもそこで」
「そうですか、お世話になりました。モモ、良かったねえ」

ベランダしか出たことのないモモが、どんな姿で歩きまわったのだろう。きっと、腰を低くして、恐々と散歩をしていたに違いない。
宿泊料金の精算を済ませると、その先生にレオの花をお願いする。

「申し訳ありませんが、橘先生のレオにお供えをお願いできますでしょうか」
「え? ああ、レオですね。分かりました。帰りにお渡ししておきます。ありがとうございます。レオは大往生ですよ。生きているときに何度か会いましたけど、あのふてぶてしい感じで、天国でも過ごしていますよ」

やっぱり、この先生もふてぶてしいと言った。その言葉がレオにはぴったりかもしれない。

「そうですね」
「抱っこされないと移動しないし、まさに王様でしたよ」
「そうですか」
「じゃあ、これ、お預かりします」

先生は、持っていた花束をすっと上に軽く上げた。

「ええ、宜しくお願いします。ありがとうございました」
「お気をつけて、またねモモちゃん」

先生は橘君とは違う優しい顔で、カゴの中のモモに挨拶してくれた。
たったの二日見ないだけで、重くなったように感じるモモのカゴを自転車に載せて、急いでアパートに帰る。
モモをカゴから出すと、私は、家に入りもせずにそのまままたアパートを出た。
旅行に行くことが分かっていたから冷蔵庫に何も入っていなかった。
いつも利用しているスーパーは夜の12時まで開いている。
自転車の鍵をさして、乗ろうとした時、橘君をまた思い出してしまった。
忘年会の日、酔っ払いの若者に絡まれているとき、助けてくれた橘君。その時も、夜、遅い時間だった。

「もう、夜に出るんじゃない」

そう言われたことを思い出す。
私は、自転車を元の位置に戻して、買い物に行くのを止めた。
明日の朝、買い物に出ればいいし、夜ご飯は食べた。小腹が空いたら、買い置きしてあるお菓子を食べればいい。
私の中には橘君の言葉でいっぱいだった。