「何を考えてるの?」
「え?」
「黒川、今考えていることを口に出して見て。そうしたら、俺がそれに応えるから」
黙っていても橘君は私の気持ちを汲みとって会話をしてくれていた。しゃべらない犬猫を相手に診察をしているから、心を読み取るのが得意になったのかもしれない。
「なんでもいいんだよ? つまらない話なんかないんだ。今だって、進まないなあって話をしてくれたっていいんだ、そうしたら、そうだね、って答えるから。これで会話になるだろう? 俺、言ったよね? 黒川ともっと話がしたいって」
そう言った橘君は、握った手に力を入れた。
リズムよく歩いて来た時よりも体が冷えはじめて来ていた。橘君は握った手を自分のダウンジャケットのポケットに入れた。
一人で会話をすることに慣れていた。今だって、なんら面倒な事も無かった。でも、それは一人でいるときであって、相手がいる時は、相手を不安にさせる物なのだ。
「あの、入院している子たちはどうしているのかな? お正月も休めないのね」
そう言われて、私は口に出してみる。
「あの子たちは、年末年始は家に帰るんだ。そうは言っても重篤な子がいたらそうはいかないけどね。飼い主さんたちも、連れて帰りたがるから、一応どうしたいか希望を聞いて、帰ってもよさそうな子は、帰してあげるんだ。その方が、ストレスもないからね」
橘君の言う通り、教えて貰わないと分かり得なかった病院の情報が聞けた。
これも一つも知識習得のためだと思えば、なんてことはないのだ。
難しく考えることはない。
「そう」
「俺の家はさ、人間じゃないけど、病院じゃん? 旅行もあんまりしたことがないんだ。やっぱり入院施設があると、そうそう病院を空けられないし。子供の頃は、それで駄々をこねたけど、その分、母親が田舎に連れて行ってくれたりして、それなりに楽しんだよ」
「大変ね」
「獣医になんかなる物かって反抗してたけど、結局は獣医になっちゃった。だから大学までが遊べる時間。もう今はどこにも出かけられない。父親の手助けもしなくちゃならないし、勉強もしなくちゃね」
きっと、病院を辞めるまで勉強は続くのだろう。私が勉強をしているのとは比較にもならない。
橘君も私とは全く違った意味で子供時代を寂しく過ごしたのだろう。
家ではきっとくつろげない時間が多いのではないか。家の続きに病気やケガで苦しんでいる犬や猫がいるとなると、気になって仕方がないだろう。私だったらきっと、ちょくちょく様子を見に行ってしまうに違いない。
子供の頃から死というものを身近に感じていた橘君は、人一倍感受性が強い人だと思う。そんな人がそういった悲しみからどうやって立ち直って来たのだろう。
「なれる」か「ならす」どちらでも橘君にはあって欲しくない。獣医になった今でも、悲しむ人であって欲しいと、私は思った。
「え?」
「黒川、今考えていることを口に出して見て。そうしたら、俺がそれに応えるから」
黙っていても橘君は私の気持ちを汲みとって会話をしてくれていた。しゃべらない犬猫を相手に診察をしているから、心を読み取るのが得意になったのかもしれない。
「なんでもいいんだよ? つまらない話なんかないんだ。今だって、進まないなあって話をしてくれたっていいんだ、そうしたら、そうだね、って答えるから。これで会話になるだろう? 俺、言ったよね? 黒川ともっと話がしたいって」
そう言った橘君は、握った手に力を入れた。
リズムよく歩いて来た時よりも体が冷えはじめて来ていた。橘君は握った手を自分のダウンジャケットのポケットに入れた。
一人で会話をすることに慣れていた。今だって、なんら面倒な事も無かった。でも、それは一人でいるときであって、相手がいる時は、相手を不安にさせる物なのだ。
「あの、入院している子たちはどうしているのかな? お正月も休めないのね」
そう言われて、私は口に出してみる。
「あの子たちは、年末年始は家に帰るんだ。そうは言っても重篤な子がいたらそうはいかないけどね。飼い主さんたちも、連れて帰りたがるから、一応どうしたいか希望を聞いて、帰ってもよさそうな子は、帰してあげるんだ。その方が、ストレスもないからね」
橘君の言う通り、教えて貰わないと分かり得なかった病院の情報が聞けた。
これも一つも知識習得のためだと思えば、なんてことはないのだ。
難しく考えることはない。
「そう」
「俺の家はさ、人間じゃないけど、病院じゃん? 旅行もあんまりしたことがないんだ。やっぱり入院施設があると、そうそう病院を空けられないし。子供の頃は、それで駄々をこねたけど、その分、母親が田舎に連れて行ってくれたりして、それなりに楽しんだよ」
「大変ね」
「獣医になんかなる物かって反抗してたけど、結局は獣医になっちゃった。だから大学までが遊べる時間。もう今はどこにも出かけられない。父親の手助けもしなくちゃならないし、勉強もしなくちゃね」
きっと、病院を辞めるまで勉強は続くのだろう。私が勉強をしているのとは比較にもならない。
橘君も私とは全く違った意味で子供時代を寂しく過ごしたのだろう。
家ではきっとくつろげない時間が多いのではないか。家の続きに病気やケガで苦しんでいる犬や猫がいるとなると、気になって仕方がないだろう。私だったらきっと、ちょくちょく様子を見に行ってしまうに違いない。
子供の頃から死というものを身近に感じていた橘君は、人一倍感受性が強い人だと思う。そんな人がそういった悲しみからどうやって立ち直って来たのだろう。
「なれる」か「ならす」どちらでも橘君にはあって欲しくない。獣医になった今でも、悲しむ人であって欲しいと、私は思った。



