何となく、唇に目がいってしまう。
昨日はかさついていたが、今日は口紅だか、グロスだかが塗られ潤い帯びている。
ふっくらと艶のある唇を見ていると、昨日のこと思い出し、何とも奇妙な気分になる。
まだ口付けた時の感覚が残っているからか。
そんな俺の気も知らず、というか昨日の出来事を忘れたかのように水野は至って普通だ。
「佳苗さん、綺麗だったよ。惚れたりしないでよね」
「それは楽しみだ。むしろ仁のタキシードがどんなか気になる」
内面が真っ黒な仁に白のタキシード。
これほど対照的な組み合わせはない。
「仁くんも素敵だったよ。いつも以上に」
「で、また惚れたのか?」
俺もやり返す。
「一瞬、惚れそうになって我に返った」
水野はおかしそうに笑った。
こういう姿で笑うと、色っぽい。
そんなくだらないやり取りをしていると仁が入ってきた。
俺を気に入らなそうに一瞥した。
やっぱり似合わない。
内面の黒さが滲み出てしまって白には見えなかった。
パイプオルガンの音とともに佳苗と親父さんが入ってくる。
こっちは本当に綺麗だ。
何とか、転ばず仁の元へたどり着き、誓いの言葉やなんやが交わされる。
で、誓いのキス。
主役の二人より水野が気になった。
俺は目だけ水野に向けたが、水野は真正面を見据えたままだった。
二人の誓いのキスをしっかり見届け、目を細め笑った。
その目には涙が滲んでいた。
仁の幸せを見つめ、水野は微笑んだ。
悲しんで泣かれたらどうしようかと思ったが杞憂に終わった。
泣くなら、結婚した時に泣いているか。
とにかく、取り越し苦労で良かった。
その後、緑の庭園で集合写真を撮る。
大したことをしてないのに、もう日が落ちようとしていた。
これから両家そろっての夕食会だ。
隣のホテルの最上階で高級フレンチらしい。