陽助は健太郎と優が出ていくのを確認すると階段の陰から出てきた。

「これは誰にも渡さない」

二人の声が遠ざかると、服の中からヘッドフォンを取り出した。
自分自身でもよく分からないが、陽助はヘッドフォンに魅了されていた。なにかとてつもないものを秘めているような気がしてならない。これを拾った瞬間から、それは次第に大きくなっていく。言葉でうまく表せないもどかしいその気持ちと、これを自分が持っているという安心感が陽助にはあった。

陽助はヘッドフォンを大切そうに服の中に戻そうとした。すると、あの音が再び聞こえてきた。

「ガガガガガ…ガガ…ガガガ…」

その音が漏れないように抱きしめ体で包み込むと、音の中からまたしても人の声が聞こえてきた。それも、男の声がはっきりと。陽助はそれを待ち望んでいたようにヘッドフォンを耳にあてた。

『俺を…あの女の元へ…』

その声に興奮すると共に、頭の中には白い霧が広がっていく。

『あの女は…悪魔だ』

霧は次第に全身へと流れていく。

『この世界から…出してはいけない』

すでに全身へと広がった霧は濃くなっていく。

『悪魔だ…悪魔だ。悪魔、悪魔、悪魔悪魔悪魔悪魔……』

その繰り返される言葉を聞くうちに、陽助の意識は徐々に薄れていく。やがて、その声は陽助のすべてを支配していった。倒れそうになる体を支えているのは、陽助の力ではない。頭の中に浮かんでくる言葉は、もはや陽助の思考ではなかった。

『……女の元へ』

そして、動き出した体から陽助の存在は消えてしまっていた。