「名前は葦海。よろしゅうたのんます」

面倒なので簡単に済ませようとする。

「はい、質問」

「何歳ですか」

「彼女いるんですかあ?」


ありきたりな女子高生の質問攻めだ。

「候補、しちゃおうかな」


どこからか上がった女子の声に、
「あ、じゃあ俺も」

笑いが起きる。

「え〜っ」


「はいはい、のーおこめんと。興味もないのに聞いたらあかん」


ちっちっち、と顔の前で指を振る。


「嘘です、ごめんなさい」


バレてました、と舌を出す。


「え〜ちなみに〜講師言うても名ばかりで、言うほど

楽器に詳しくないからな。譜面も読めへんぞ、俺には聞くなよ」


「何しに来たんですか…」

「じょしこうせいと、ふれあいに」

ひゃ〜っと悲鳴が上がり、にんまりするが不思議と

イヤらしくはなかった。


言いながらも、一応仕事は出来ていた。

ただ、指揮は雑だった。


「どうしたのよ笑結?全然食べてないじゃない」


夜。部活にも集中できるはずもなく、
ぼんやりと帰宅した笑結は、夕食の席についたが箸が全く動かなかった。


心配した母が声を掛けるが、


「うん」「うん」


なにを言っても聞いても生返事だけだった。


家族三人でマンションに住み、父はサラリーマンで、

残業でいつも帰りが遅く、
母と二人の食卓だった。

小柄な体型は母譲りで、肩まである髪を後ろで束ね、

可愛いエプロンの似合う、おっとりした性格だ。


家のものは大体低めで、収納上手できれいに整理していた。


大学で知り合い、生真面目な父が、木陰で本を読む母に

一目惚れしたと聞いた。


「パパってば、木の根につまづいて、私の膝に被さって来たのよ?ドジでしょう」


ものすごく緊張していたんだろうなと、何となく想像ができ、

微笑ましいエピソードを、
最近になってよく聞かされ、

女二人でくすくすと笑い合った。

まさか自分も同じような場面に出くわすとは。


だからといって、このまま母と同じ展開になるはずもない。


いつもは気兼ねなく大口を開けてバクバクと食べ、


「もう少しお行儀よく食べなさい!」

と度々注意されてきた。こんなことは初めてだった。


にゃあん?とミィも心配そうに見上げる。


小学生の頃、ペット可のマンションを父が探して住み始め、

雨の中、公園でびしょ濡れで迷子になっていたミィを拾って五年になる。


「何かあったのなら、いつでも話してね?」


「…うん、ごちそうさま」


笑結は泣きそうになり、慌てて席を立った。


部屋に入ると携帯の着信が来た。蓮谷からだ。


『次の日曜日、映画見に行く?』

来てしまった。


逢と悠にメールした。


『先輩が、日曜、映画に誘ってくれたけど、行っていいよね?』


すぐに返信が来た。


『よし!行ってこい!奴にはだまっててやる』

『頑張っておいで。成功を祈る!』


「…ありがとう。ふたりとも」