ぼんやりと、

目が覚める笑結。



「………ここは?」


「笑結?!気が付いたのね!?笑結!!」

部屋着でベッドに横たわる笑結を抱き締める母。


白い天井が見えた。


病院のようだ。


父が入ってきた。


「笑結!!」


「……おかあさん?おとうさんまで?……どうして?」


涙で潤んだ目を拭うと、はーっと深呼吸して落ち着く。そんな母を父が抱き締める。



「水族館で、取り付けていた看板が外れて落ちてきて、

下敷きになりかけて。危うく死ぬところだったのよ」


頭上注意の案内も出し、足場も組んで囲っていたけれど、逃げるのに夢中で気付かなかったのだ。


また涙が溢れ、笑結を抱き締める母。


「暖かい……!よかった!ほんとうに…!」



顔色も悪く体温も低いままで、なかなか戻らなかったのだ。


冷たくなった体でないことに、ひしひしと喜びを噛み締める。


「知らせを聞いて、仕事を切り上げて帰って、お母さんも付きっきりだったんだ。

丸2日、意識が戻らなかったんだよ」


「…そうなの?」


本当に申し訳ないと思った。


「あっ、とりかわくんは?」


意識が戻ったばかりで口が回らず、記憶が曖昧だ。


「鳥川くんていうの?足の骨にヒビが入ってたらしいわ。隣の病室にいるはずよ?」



「………せんせい……?」



思わず口にして、首をかしげる。


「……せんせい…なに??だれだっけ??」



「…覚えてないの?」


その反応に、両親とも戸惑う。


「…覚えていないなら、その方がいいのかもしれないな」


「あなた…!」


まだ高校生の少女にはショックが大きすぎたのかもしれない。


気にはなる。けれど、好きなのかと聞かれたら、全力で否定したくなる。


なのに他の女の人と仲良くしていると胸が苦しくなる。


嫌いだと言われて、パニックになり、なにも考えられなくなったのは、好きだからなのか。


自分でもよくわからない。手探りの想いを抱えたまま、


気持ちを伝えられたのかどうなのか。


………嫌われているわけではなさそうだ。


そう思った矢先、ヨメですと名乗る美人が現れたのだ。


その上あんな事故に巻き込まれたとあれば、無理もないだろう。


「部分的に記憶が飛んでいるようですね。そのうち思い出すでしょう」


やがて来た担当医に言われた。


「腕の切り傷以外は問題ないようです。やがて回復すると思いますよ」


「ありがとうございます」


母は売店に飲み物を買いに、父は一旦帰宅した。


「あっ、いた。先輩」


病室の入り口から鳶川が顔を覗かせる。


パジャマ姿で松葉杖をついていた。


「とりかわくん」


「…とびかわ、です。先輩まで…」


「…大丈夫なの?」


「ああ、はい。足を挟んでヒビが入ったくらいで済みました。

これくらいで済んだのは先生のお陰でしょうね。もろ当たったら死んでたかも」


「せんせい…だれだっけ?」


「えっ…覚えてないんですか?!」


はっとする。


あの『ヨメです』発言がよほど堪えたのだろう。


が、これはいよいよチャンスだ!と、


突然、張り切る鳶川。


「そうだ!退院したら、またどこか行きましょう!ね?元気出してください!」


みんなの態度が妙に引っ掛かる笑結。


本当に、このまま忘れてしまっていいのだろうか。



「せんせいっていう人の病室は?とりあえずお礼言いに行かなきゃ」


意識が戻って動ける以上、それが先決だろう。



「…じゃあ、一緒に病室、探しに行きますか」


会ったらなにか思い出すかもしれないと、あからさまにテンションが下がる。



母が帰ってきた。


「お財布、忘れちゃった」


安心して気が抜けていたのだ。


「あっ、お母さん、せんせいっていう人の病室、わかる?お礼言わなきゃ」


「……そう!そうね!」


その言葉にほっとした母。


葦海が来てからいろいろありすぎて、見たこともない娘の姿に、

育て方をどこかで間違えたのでは、と悩むときがあった。



今回も嘘をついて葦海と会っていて巻き込まれたようなものだと。


そんなことはなかったのだ。


松葉杖と母に支えられ、なんとか立ち上がり病室を出た。


葦海の病室を訪ねるが、


「個室で、お名前は伏せていますので」


看護師に言われる。


「……?それはどういう…」


「笑結姫!!」


「いた!姫!!母上も!」


葦海の病室の近くまで来たとき、逢と悠が姿を見つけて駆け寄ってきた。