「あほか。なに言うてんねん。下手したらあんなん当たり屋やで」

わざとぶつかって、してもいない怪我をしたから治療費を出せと言う手だ。


「せやから話しかけんなって言うたのに」


笑結に飛び火する。


「まさかあそこまでとは思いませんでしたから」


「ていうか、なんで一緒だったんですか?先生、辞めて大阪帰ったんですよね?」


「えっ?いや、それは話せば長くなるかな」


慌てる笑結。


テスト期間で早々に帰ったので、昼間の騒ぎは知らなかったらしい。


「……もしかして、デートですか?」


さっき抱き付いた場面がフラッシュバックして、赤くなる2人。


「ちち、違うわよ!ねえ!?せんせい。いろいろあって」


「じゃあ」


笑結に向き直ると、深呼吸し、


「僕と、デートしてください。一度だけでいいんです」


静かなロビーで、今日は妙に鳶川の声がはっきりと聞こえる。


「はあ!?お前までそんな」


思わず立ち上がる葦海。笑結にシーッとされ周りに睨まれる。


ちっ、と舌打ちする。


「今日の償いとしてです。信号無視して事故り掛けたこと、バラしますよ?

一応被害者なんですから。僕だって、先輩のこと入学したときから
ずっと好きだったのに、蓮谷先輩が好きって知って見てるだけでよかったのに」


珍しく強気だ。驚く笑結。


ここで怖じ気づいてはすべてが水の泡だ。


大袈裟かもしれないが、


親や周りに流されて、なんとなくここまできた鳶川が吹奏楽部に入ったこと自体、

人生初めて自分の意思で勇気を振り絞った、第一歩の行動だったのだ。


「お前、一丁前に、俺を脅す気か。モヤシの草男のくせに」


声を抑え、舐めるように鳶川を睨む。


「いいですよ、保護者同伴でも」


「あん!?そういう問題や…」


こういうタイプに言われると逆に腹が立つ。


「保護者同伴なら、いいんでしょう?」


「はあ!?お前!…誰でもええんか」

ふて腐れるが、開き直った笑結。


「せんせいが、言ってくれないから、

言ってくれるまで、誘われれば行きます。ていうかそうはないでしょうけど」


「あんだけ態度に出してんのに…」

そっぽをむいて、もどかしげに呟く。


「言ってくれなきゃわかりません」

つーん、と笑結。


「とにかく、明日、付き合ってもらっていいですか?」


「いきなり!?」


「はい。善は急げ、です」


どこかで聞いたなあ…と2人。


いきなり何かに目覚めたようだ。

「そういうことなんて先輩、連絡先、教えてくださいよ」


「じ、じゃあ、赤外線通信しようか」


携帯を出そうとバッグに入れた手を葦海に掴まれる。


「はい、そこまで」


「なんですか?」


「それはいらんやろう。明日会うだけやったら、時間と場所、ここで言え」


それはそうか、と気付いた笑結。

残念そうな鳶川。どさくさで聞き出せそうだったのに。


ようやく会計に呼ばれ、終わって外に出る。


もうすっかり夜も更けていた。


「お前はタクシーで帰れ」


葦海に冷たく言われ、拗ねる鳶川。


「いいじゃないですか、乗せてあげれば」


「い・や・や。犬とチョロ吉で満杯や」


せっかくの2人きりの空間を邪魔されたくなかった。


とはいえとことん大人げない。


「じゃあ、私が鳶川くんとタクシーで帰ります」


「あかんて!!言うてるやんけ!チョロ吉はもう乗っとけ!!」


助手席のドアを開けて押し込む。

「タクシーで、帰るよな!?」


「……わかりましたよ」


しぶしぶ諦める。が、


「あっ、でも自転車あるんで、やっぱり乗せてください」


そもそも、なぜここにいるのか忘れるところだった。


できることなら外へ放り投げてしまいたかったが、さすがに思いとどまった。


ハンドルが歪んだまま持って帰るのも大変だ。


舌打ちすると、


「………もうええわ。乗っていけ。ただし!!!一番後ろやで!?」


犬3頭と自転車に挟まれ、倒した後部スペースに乗る。


3頭とも少し匂いを嗅いだが、害はないと判断したのか、とくに反応しなかった。


本当に存在が薄い。