「これは何ごとですか!?」


教員室から出て来た教員や生徒が廊下に集まってきた。


「葦海先生じゃないですか!?生徒になにをしてるんです?」


口々に咎める。


「まあまあ、待ちなさい」


「校長…!」


「暴力ですよ?これは!保護者から責められるのは我々なんですが」


「お待ちなさいと言ってるんです」


厳しく制止され、言葉を飲み込む。


「葦海先生、何があったのか、話して頂けますね?」


寒空の下全力で走り、校内の暖かさに汗が吹き出す。


ふーっと息を吐くと上着を脱ぎ捨て、汗を拭う。


「何が原因かは、こいつの口から聞いたってください。

その後で僕の行動を非難してくだされば結構です」


「千里くん」


校長が穏やかに問い掛けた。


「あの猫が!」

「あん!?」


「なんであんたなんだよ!?僕は、僕は、ずっと笑結のこと好きだったのに!!

あの猫が!あんたにはすぐ懐いた!僕にはちっとも懐かなかったのに!!」


叫ぶように泣いた。


普段冷静な千里の、こんな姿を誰が想像しただろう。


「…やっぱりお前か」


抑えきれずに胸ぐらを掴むと、


「ミィは、死にかけてたんや!怪我して!ぼろぼろなって!

雨で濡れてたら寒さで死んでたかもしれへんねん!!

相手が動物やからって自分の勝手で命を蔑ろにする奴は

許さんて言うてんねん!!

高校生にもなってしょうもない妬みで悪さしやがって!!」



涙で潤ませた目で叱りつける葦海。


「悔しかったんだよ!先輩のこと好きって聞いたときは、

叶いっこないし諦めようと思ったのに!!

あんたが来てから笑結どうかしちゃったんだよ!!」



「…毛ぇや匂い、つくのん嫌がって、触ろうとも近付こうとも

せんかったやろう。本能でそういうのわかんねん動物。

せやからむこうからも来えへんかった。それだけのことや。

ほんまは動物嫌いやろう」


「……ええ、嫌いですよ、動物なんて。子供の頃、何度吠えられたか。

両親も生き物は嫌いでしたしね。

こんな恐怖、わからないでしょうね」


「あほか。俺かてせんど噛まれて引っ掛かれたわ。

怖がって嫌やと決めつけるから、向こうも嫌がるんや」


「それなのに、頬ずりや抱っこ、できるんですね」


「好きやからな、動物」


「……笑結が可愛がってるから合わせてただけで、

本当は猫もいなくなればいいと思ってました」


「この期に及んでも、たかが『猫』扱いか。飼い主にとったら

家族やねん!名前も覚える気ぃないもんなあ」


「……笑結のことも、ですか?」


笑結に気づいた千里。


「何がや?」


「ちゃんと大事にしたいとか、思ってるんですか?」


「…本人にも言わへんこと、お前なんかに言うわけないやろ」


静かに息を吐くと、


「…ミィはな、甘えさしてほしい。抱き締めて欲しいだけやねんけどな。

お前かてそうやろ。親に黙って抱き締めてほしい、撫でてほしい、

それだけで安心するときってないか?」



「えっ…?ミィ…?」


静まり返った中から、突然聞こえた笑結の声に、一斉に振り向いた。


「…ミケ子!?」


はっと我に返り、振り向く葦海。

「…な、なんでここに??ど、どの辺から見てた??」


「悠からメールもらって…明日から謹慎解けるから、今さっき辺りから」


元はといえば、千里とのことが気になって来たものの、

ミィのことで導火線に火がつき、
その顔を認識した瞬間に我を忘れて爆発していた。


真っ赤になると、とんでもなく慌て、わたわたする。


「あの、いや、こ、これは、その」

「……保護、してくれたんですね?ミィ……よかった」


涙が溢れた。


「……千里くん、ごめん。やっぱり無理。応えられない」


「ほら、やっぱりあんたのせいで、一番見られたくない人に

一番見られたくないところ見られたじゃないですか」


唇を噛み締め、立ち上がる。


「お前まで俺を疫病神みたいに」


「……疫病神ですよ。あんたなんて」


うな垂れ、笑結と目を合わすこともなく人混みの隙間から外へ出る千里。


「……動物病院、一緒に行ってもらえませんか?」



「葦海先生は、間違ったことはしていません。

よって何も起こっていません。見ていません。以上、解散」


ぱんぱん、と手を叩くと校長室に戻っていった。