「何用だ」


テスト期間で部活も休みの逢が、校門で待ち伏せしていた葦海を見つけた。


心なしか顔色が悪く、少しやつれたように見えた。


もう傷も治りかけ、もとに戻っていた。


「あいつ、いてるか」


「姫なら謹慎中だぞ」


李季のスマホからのツーショット写真が校長に公表され、


葦海は解雇、笑結は自宅謹慎の処分で終わった。


「俺が言うてんのは、千里の方や」

「せんり?千里って、……ああ、確か、あの一年の吹奏楽部の小綺麗なトランペッターか」


悠が、葦海の口から出た思いもかけない名前に驚く。


「えっ?そんな子いたっけ?」


きょとんとする逢。他の部活の部員までは把握しているはずもない。


「ほら確か、笑結の遠縁の親戚とかって。歌舞伎役者張りの。

話にしか聞いてないからどういう子か知らないけど」


「そういえば、いたかなあ」


逢はうろ覚えだ。


「知らんか」


よく知るいつもの葦海と空気が違う。と感じた悠。


「…なにかあったのか?」


「……猫のことなら聞いているが、いなくなったと。見かけたら保護してくれと」


「…やっぱりな」


と、二人の数メートル先で靴を履き替える千里と目が合った。


反射的にすべてを察し、身の危険を感じた千里。


ダッシュで裏門に向かう。
舌打ちすると、葦海もダッシュで追いかけた。


「えっ…」


獲物を見つけたように、突然走った葦海に驚いて目で追う。


「なに??なにごと??」


「きゃあっ!!」


女子生徒にぶつかりかけ、上げた悲鳴を聞いた教員もなにごとかと窓から覗く。


本気で怒っているのはあの距離からでも感じ取れた千里。


とにかく逃げたいが、どこに逃げれば一番安全なのか。


手っ取り早く裏門から出て交番にでもとも考えたが、学校に迷惑が掛かる。


教員室に逃げるのも子供じみて嫌だった。


葦海のスタミナが切れるまで逃げることにした。


誰かがスマホで動画でも撮ってくれていないだろうかと。


クビになった教員が、逆恨みで生徒に手を上げたように見せられれば、


捕まり、大阪どころか今度こそ自分たちの前から消えてもらえる。

笑結の前から消えてくれる。


久し振りにその姿を見て、なおかつ全力で走るのを初めて見た生徒が驚く。


「葦海先生??」


「早い…」


「け、警察、呼んだ方が、いいんですかね?校長」


教頭がおろおろする。


「もう少し、様子を見ましょう。大ごとにはしたくありませんし、彼なら大丈夫なはずです」


「はあ…」


暴力沙汰で辞めさせたわけではない。多少なりとも信頼は置いていた。


早く来ては用務員の仕事を手伝っていた。


いずれ正式に雇うことも考えていた。


けれど葦海は、


「好きでやってることなんで。気にせんとってください」


にこりと微笑んだ。


葦海の人柄を高く評価していたのだ。


その彼が、本気で怒っている。
理由があってのことだと。


「逃げんな!!こら!」


「来るなよ!!」


「何で逃げんねん!!」


「くそ!!」


もともと体力には自信はなかったが、想像以上の葦海のスタミナに、埒が明かないと感じた千里は、

諦め、校舎に逃げ込むと靴を脱ぎ捨て教員室に飛び込もうとした。


追い付いた葦海が後ろからスライドドアをピシャリと閉める。


「せんせー助けては、なしやで」


息を切らせて、千里の腕を掴むと、そのまま背負い投げをした。


どすん、と仰向けにされ、千里が泣き出す。


居合わせた生徒、教師ともに訳がわからず息を飲む。