ただ、ミィまで葦海の味方に付いたようで納得がいかない笑結。


けれど、家族に嫌われ拒否されることを思えば、嬉しい自分もいた。


ミィに関しては、我が家の人間性の審査役だった。


どれだけ動物好きを装っても、


父の会社の部下が来て、おだてて取り入ろうとしても、


欲のない、純粋な人間でない、と感じると、


ふいっと姿を消してしまう。


ミィが、この人は大丈夫、


とその場に居続けない限り、父もその人間と深く関わることはなかった。


「実家に猫3匹と犬3頭おんねん。せやからかなあ」


「そんなに!?」


想像はつくが、犬っぽいのはそのせいか。


「猫は拾うて来たやつやけど、黒とゴールデンのラブラドールと、ハスキーおんねん。可愛いで〜」

大型犬3頭とは。


「そういうわけなんで」


美味い美味いとカレーをペロリと平らげ、冷たいお茶でひと息つく。


「だから、何がです?」


「いや、誤解やって言いに来たんや。嫌いや、いじめるどうのって」


「わざわざそんなことのために?この先、なにかあっても、

全生徒にそんなことしてたら、身が持ちませんよ」


言われて気付いた葦海。


確かに護浦には謝れと言われた。
が、

今までの偏屈な葦海なら、尊敬する先輩に言われたところで、


じゃあそうします、とは言わないし、簡単には折れない。


先輩の意見に逆らうのも躊躇われるので、口先だけ言っても、行動に移すこともなかった。


なによりモンスターに騒がれてクビになったところで、いつまでも気に病み引き摺るタイプでもない。


明日になればなんとでもなる。
その気になれば他の仕事だってある。と。


それなのに。


恐怖にすら近い感覚に襲われ、
吸い込まれるようにここに来た。

「大阪観光、してみる気、ないか?」


「はい?」


口が勝手に動いている。


「大阪に、いっぺん来てみいへんか、って」


さすがの笑結も突拍子もなく出た言葉に呆れ、いつもの顔に戻っていた。


「行きませんよ。遠いし」


「冬休みあるやん」


答えになってない。


「はっきり言わなきゃわかりませんか?…あなたとは、行きたくないって言ってるんです。

どうせなら逢たちと卒業旅行にでも行きます」


「そんなこと言わんと、一緒に行こうや。オモロイところやで?賑やかやし」


「静かなところが好きなんです、私」


「笑結ー、そんな言い方」


家では見せない突っけんどんな言い方に、見かねた母が。


インターホンが鳴った。


気付いたら10時になろうとしている。


仕事帰りの父なら、鍵を開けて入るはずだ。


「オートロックやのに、直で?」


確かに、モニターには部屋の前の通路が映し出されていた。


「あれ?この顔どっかで…」


「また、夢で見たとか言うんじゃないでしょうね」


「さすがに俺でもそんな冗談言うてる場合やないで」


「やっぱり冗談だったんですね」


頭を掻くと、


「それは!それはほんまや!ああもう!」


揉めている時ではない。


「あっ、この人、前にうちに来てミィに引っ掛かれた人だ。


会社で失敗して、お詫びに来たとか言ってなかった?」


笑結が思い出す。


「そういえば、そんなことあったかしら…お父さんのいないときに」


母の顔が曇る。


「だから、かも知れませんよ。ああいうややこしいのは、家主の留守を狙ってくるもんです」


笑結に向き直ると、


「間違いないんか?」


「うん。あのぶっとい眉毛と目の下のホクロ、その下の傷。

引っ掛かれたときのだ。絆創膏あげたもの」


よく覚えている。


「ちょっと待っとき」


持っていたバッグから傘を取り出す。


最初に見た傘だ。


静かにゆっくりと玄関に向かう。

こういうときのために常備しているのか、と笑結は思った。