「はい、チョロ吉確保。こんなこっちゃろうと思たで」


唐突に襟首を掴まれ、
ビクッとする笑結。


機嫌が悪いとチョロ吉になるようだ。


放課後の体育館。


半分ずつ使い、バレー部とバスケット部が練習していた。


隅で隠れるように逢と悠の練習を見ていたところを見つかってしまった。


「は、放して!!」


「やだ便所。ま〜た部活サボりよって。ええ加減、保護者呼ぶぞ、こら」


千里にキスされた直後、
なんとやくまともに葦海の顔も見られず、

掴まれたままじたばたする。


イタズラをして捕まった猫だ。


昨日まで考えなくてよかったことが、葦海に出会ってから押し寄せてくる。


自分がどうなっているのか、どうしたいのか、どうしたらいいのか、


ぐちゃぐちゃに混乱していた。


「だ、誰のせいだと思ってるんですか」


「なんや?俺のせいやって言いたいんか」


ポン!とバレーのボールが葦海の頭に当たる。


「いって!誰や?」

「すいませーん」


逢がボールを取りに走ってきた。

「さっすがエースストライカー、コントロール抜群やのう」


ちっ、と舌打ちすると、


「せやからいうて、人、狙うたらあかんで自分」


「手加減はしましたから。笑結姫をヤカラから守るためですし」


本腰でサーブを打ったらこんなものでは済まないだろう。


「ヤカラとはまた、ご挨拶やな」


「ボールを返してください。彼女を拘束している今この瞬間は、教員とは思っていませんので」


「離したらまた逃げよるやんけ」


ボールを掌で転がしはぐらかして逢に触らせない。


「それはあなたの行いに問題があるからです」


畳み掛けるように正論をぶつける。

その気迫に笑結もおろおろする。

「お宅にとやかく言われる筋合いございませんね。とにかくこいつ、連れてくで。部活に」


「それは駄目です」


「ほほう?ではどうすれば、ご納得頂けるのかな?」


舐めるように睨み合い、火花を散らす。


「そこ!!練習に戻りなさい!」


「はい、すみません!すぐ戻ります」


キャプテンに注意され、返すが隙を見せない。


「第三者として申し上げます。しばらく休ませてください。

もしくは部のキャプテンを介してください」


普通はそうだろう。


「それはできへん相談でんな、もうええ。お話になりまへんわ」


結構な距離から片腕でボールを打ち、ラックにすぽん、と入った。

妙なところで格好いい。


有無を言わせず、ひょいっと笑結を俵担ぎする。


「にゃあっ!?」

「ま、待ちなさい!!」


慌てる逢。


葦海も最初はビビっていたが、本気を出してきたらしい。


「香川、呼んできて」

「ああなったら、呼んでも来ませんよ。大丈夫です、ほっときましょう」


もう無茶苦茶だ。


「待ちなさいってば!!」


体育館から出る葦海の腕を掴む。

笑結から売られた喧嘩はお子ちゃまの手を捻るようで面白がれたが、

逢や悠は大人びていて、絡みにくく億劫だった。


「部員を部室に連れていくのが、そんなに問題か」


「あなたの場合、個人的にいろいろ含みがあります」


「なんや人を問題児みたいに」


「違うんですか?」


面倒になった葦海が、頭をぐしゃぐしゃっと掻き、


「違いませんね、はい。問題児ですが。何か?」


「開き直るんですか?!」


また睨み合う。


「もう、もういいよ!分かった!分かりましたから!部室に戻るから!
ごめんなさい!!喧嘩しないで!?仲良くしてとは言わないけど」


ややこしい。


肩に乗せられていた笑結が
じたばた暴れ、ようやく解放される。


「犬だと思うから。こいつのことは。ね?それでいいでしょう?逢」

「それはそれで、どうかと思うがな。話ややこししてどうすんねん」


葦海がムッとする。


「あ〜い〜!」


うるうるした目で覗き込み、渋る逢を宥めすかす。


「お願い。部活に戻って?ね?わたしのせいで逢が怒られちゃうの嫌だよ」


その目にうぬぬ、となる。


「…わかった、わかったわよ。くれぐれも気を付けてね?この野犬には」


野犬に降格した。


用心深く何度も振り返り、葦海の動きを確かめながら逢が体育館に戻るのを見送る。


と。

再び笑結の襟首を掴み、音楽室の建物の一階の陰に引き摺っていく。

窓もなく、上からも見えない。


「え"え"え"え"!?」


「さあて、どうしてくれようかね」

いつにも増して、意地悪くひきつった葦海の横顔が視界に入り、
ひっ!?となる。


怯える笑結の頬を左右にぎゅ〜っ!と引っ張ると、


「だ・れ・が・い・ぬ・や・と?こら!!」

「い、いひゃい、いひゃい」


「いひゃないわ!ボケ!ホンマに!喋る暇もあれへんやんけ!!」


「ほんほーに、いひゃあかは!はなひへ!」


「うるさいわ!!ああもう!」


自分自身にも笑結にも、あまりに苛立ち、加減を忘れていた。


乱暴に手を離すと、背を向ける。

「…チョロ吉のくせに」


「…えっ?」


「……あ、あんな、草男どもと、ちゅうしよって。……俺のことは嫌がったくせに」


ぎりぎり聞き取れないほどの声で、ぼそぼそと呟く。


「み、見たの?!最低!!…『ども』、って??」


赤くなる。が、ども、の意味がわからない。鳶川まで数に入っていると思わない。


「あーもう!!腹立つ!!あれが、あんなんが、ほんまは好きなんか!?先輩はフェイクか!?」


はーっと息を吐くと、


「いや、なんもない。忘れろ」


背を向けたまたま、ぶるぶるっと首を振り、髪を掻きむしる。


「間違いや。なんかの間違いや。そんなわけない。落ち着け、俺」

ぶつぶつと呪文のように唱える。

時折見せる、うるうるした表情が、葦海に矢となって刺さる。


そして同時に、護浦の言葉が頭の中で繰り返す。


認めたくないのに。


今日は様子のおかしい、一人ぶつぶつ言う葦海を不思議に思い、
冷や冷やしながら、


「あのう…そろそろ、部室に行っても…?」


と。


ばっ!!と振り向き、きょとんとする笑結に、


壁ドンし、顎クイまでして言い放った。


「ええか!?俺は!お前なんか大っ嫌いや!!せやから卒業するまで虐め倒したる!!覚悟しとけ!!」


***

「お前は、あほか」


あまりのことに、さすがに呆れる護浦。


「そんなもん生徒に言うたら、保護者に言われて即効クビやぞ」


夜の単身寮。

この前の電話で気になったので、別件もあって掛けてきたのだ。


「クビ、ですか!?そこまでなります?せやって、ほんまのことですやん」


理不尽そうに驚く葦海。


はーっとため息をつくと、


「まず。そこまでして。改めて口に出して言う必要があったんか?」

「……う、いや、そう言われると、…ないっすけど」


さすがに口ごもる。


「お前はアホや。もはや天才的なアホや。しかも思ってること

真逆のこと口にしてもうたらあかんわ」


誉めているのか貶しているのかわからない。


「いや、真逆って」


「真逆やんけ。ほんまは気になってしゃあないんやろ?」


「だから!そんなん違いますって!気になんてなってませんよ!」


電話越しにでもムキになっているのは手に取るようにわかった。


「はいはい、わかったわかった。とにかく明日にでもその子に謝れ。どうかしてた、嘘やって。

なんやったら今すぐにでもまず電話するなりしないかんところやけど、

時間も時間やし、個人情報の絡みで連絡先も家もわからんやろうしな」