彼女は僕を「君」と呼ぶ

東と西を結ぶ北側渡り廊下、彼女がそこを教えてくれたのは、赤い目を擦りながら維の手を引いたから。

繋いだ手がひんやり冷たかったのは、ただ単純に維自身の手が緊張からくる熱に侵されていた訳では無いと信じたい。

外からの風圧防止に厚手の鉄の板で出来た扉は近寄るだけでも十分に冷たく、銀色のノブにじわじわと体温を奪われながら、体重を掛けて押しやる。外からの風圧で扉が重いのだ。

校舎玄関も昇降口も近い南側の廊下には壁が設置されており、一切の風をも通さない造りとなるが、北側は増築の手を加えられてはおらず、床もコンクリート固め、ただでさえ使い勝手が悪く人通りも少ないのに、冬場など殆ど誰も利用したがらない。

そこが満島棗、彼女の秘密の場所である。

彼女の胸の高さ程まである壁と、その上に手摺として取り付けられたパイプ、そこを握り締め、今日も彼女は背伸びをしている。

あの時、跳ねた胸は今も時折、思い出して煩くなる。

これが恋だというのは些かおこがましく、やはり、不思議なモノを見つけてしまったと言った方がいいだろう。

…否、あまりにも見向きもされない事にただ単純に気分が落ちるだけ。強がっても無駄で、決してその瞳に映る事はない。

何せ、彼女はおれの事を「君」と呼ぶ。