「あら……。いやね、アタシったら」

そう言いながら血のにじんだ手を引っ込め様としたので、私はその手を掴んだ。

「そのままにしては駄目です」

私は持っていたハンカチを広げ、クルクルっと津田部長の手に巻いた。

「社に戻ったらちゃんと消毒して下さい」

「……大袈裟ねぇ。でも、ありがとう」

多分、ハナちゃんを呼べば救急箱を貸してくれるかもしれない。でもなんとなく、私はそれをしなかった。何故か分からないけど。

「でも……」

キュッと結ばれたハンカチの先をチョンチョンと整えながら、津田部長が話を再開する。

「異変に気付いた奥さんがすぐに見付けてね。大事には至らなかったの。運の良いやつよね」

ふっと津田部長に笑顔が戻る。

「それから間もなくだったかしら。会社も辞めて、離婚もして……。しばらくは塞ぎ込んでいたんだけど、ある日バーにひょっこり顔を出してね。なんだか清々しい顔して、『お店を開く!』って言うもんだからビックリよ。ご覧の通り、料理の腕は確かだったから、誰も反対はしなかった。なにより、アイツが笑ってたから」

津田部長が目を細めて私の後ろを見る。その目線を辿り振り返ると、鼻歌を歌いながら楽しそうに料理を作っているハナちゃんが目の端に映る。