小夜啼鳥が愛を詠う

「……光くんは?もう観たの?明田先生の絵。」
「うん。てか、僕がモデル。アトリエでも観てたよ。先月の美術展で佳作とった作品の習作。そっちは、来春まで展覧会ないけど。……さっちゃん、観てなかったっけ?」
「えーと……観てないかも。」

もちろん、アトリエには私も出入りしてる。
でも、明田先生はものすごく真剣で、ちょっと怖くて話しかけられない雰囲気だから、作品を覗いたことはない。

すると、光くんは私の手を引いて、前方へ連れてってくれた。

うわぁ……。
艶のないくすんだ塗りの額に、炎?……いや、血?がうごめいて渦を巻いている。
そこに人形のように倒れた白い男性。
顔も体も、確かに光くんをモデルに描いたのだろうけれど……光くんじゃない。

すごい、としか、言えなかった。

明田先生の絵って、いつも穏やかであったかくなかったっけ?
この絵は、むしろ怖い。

描いていた時、先生が怖く見えたのはこういうことなのかしら。

「これで習作なの?すごい怖い。受賞作はもっと怖い?」
そう尋ねたら、光くんは笑顔で言った。
「受賞作はこの二倍ぐらいの大きさで、僕のバックヌードが露わだよ。」
「はあっ!?」

光くん、脱いだの!?
嘘っ!

「しぃっ。さっちゃん。迷惑だよ。」

光くんにそうたしなめられて、私は慌てて口を抑えた。

でも、興奮さめやらず、小声で聞いた。
「でも、光くん……野木さん、何も言ってなかったよ?光くんが脱いだら大騒ぎしそうなのに。」

「光くん……さっちゃん……桜子ちゃん?」
不意に、そんなつぶやきが聞こえてきた。

さっきまで明田先生の絵をガン見していた朝秀先生が、驚いた顔で振り返った。
その目が涙で潤んでる。

「……。」
無言で朝秀先生を見てる光くん。

「あ。はい。桜子です。……あの……。」

泣いてる?
え?
ええっ!?

朝秀先生は、私の手を両手でぎゅっと包み込んだ……つないだ光くんの片手ごと。

「ちょっ!」
嫌そうに光くんは手をふりほどく。

でも、朝秀先生は、笑って言った。
「そうや。光くん、人見知りやったな。……俺は虫のように嫌われてたわ。」

光くんは憮然として、ひたすら黙っていた。

「……私たちを、ご存じなんですか?」

ドキドキする。
ただ知ってるだけじゃない?

朝秀先生の涙に、私は一つの可能性を疑った。
……私の……戸籍上の父親……?

マジマジと朝秀先生を見た。
……いやいやいや。
どう見ても、そんな年齢じゃない。
目の前の朝秀先生は、せいぜい20代半ば。

まさか、ね。

朝秀先生は、目尻の涙をすっと拭って、ほほえんだ。