小夜啼鳥が愛を詠う

「私は暗いとは思いません。色がないことで、むしろ桜の持つイメージの普遍性が強調されるというか……。」

て、私、何言ってるんだろう。

私は桜の版画から少し離れて、その男性に場所を讓ろうとした。
「すみません。いつまでも。邪魔でしたよね。どうぞ。……私はまた後日改めて拝見しますので。どうぞ。」

すると彼はひゃらひゃらと笑った。
「いやいやいや。俺はもうええっちゅうほど、それ、見てきたから。……俺が描いて浸して刷ってん。」

へ?
カイテ……スッテン?
作業工程を続けて言われて、私は意味がわからず、外国語かと混乱した。

「いや、だから、これ、俺の作品。俺がこれ。」
彼はそう言って、版画の横のキャプションを指差した。

……作者!

こんな派手、もとい、華やかな若い男性が、こんなに深い作品を作ったの!?
信じられない……。

「……朝秀(あさひで)……春秋(しゅんじゅう)……先生?」

そう読んだら、朝秀先生は笑って手を出した。

「惜しい。はるあき、や。」

握手?
釣られて手を差し出すと、朝秀先生は私の手を取って握手……ではなく、屈んで、私の手の甲に唇を付けた。

ひえ~~~~っ!!!

私はキョロキョロと、つい周囲を見渡した。
こんなとこ見られたら、光くんに怒られちゃう!

「いや、ほんま、かわいいわ。モデルになってくれへん?このへんの子?」
「……ごめんなさい。あの、私、もう……」

逃げ出そうとしたら、朝秀先生が言った。

「これ、気に入ったんやったら、あげるけど?」

……え?
さすがに、それは……。

「君も、美術やってるん?」
たたみかけるように聞かれた。

ぶるぶると首を横に振ってると、恐れていた事態に陥ってしまった。

「さっちゃん?誰?」
背後から、つかつかと靴音を響かせて、光くんが近づいてきた。

「レボーギャルソン!」
朝秀先生が光くんを見てそう感嘆した。

光くんは私の腕を引いて、自分の腕の中に抱え込んでから、慇懃無礼に会釈した。
「彼女は僕の連れですが、何か失礼がありましたか?」

朝秀先生は苦笑した。
「いやいや。むしろ失礼は俺?彼女があんまりかわいいから、作品で釣ろうとしたんやけど、君もめっちゃ綺麗やな。……てかさ、前にどこかで逢ったような気がするんだけど……。」

……怪しいナンパの常套句で、朝秀先生はその場をごまかそうとしてるの?