……確かに、人見知りの割には、女あしらいが上手いというか……完全に私は手の上でいいように転がされてるような気がするけど。

黙りこくってうつむいた私に、椿さんは慌ててフォローしてくれた。

「いや。ほら。去年ぐらいから、光くん、妙に色っぽくなったからさ。そーゆーことかなーって……て、ごめん!こんなん、さっちゃん、聞きとーないよな。」

……あんまりフォローになってないみたい。

「光くんにとっては、キスなんか大したことじゃないのかな……。」

なんか、落ち込みそう。
うれしかったんだけどな……。

脱力した私は窓枠に完全に頭を預けて、ため息をついた。

「落ちんぞー。」

階下からそんな声が聞こえてきた。

私?
そんなに身を乗り出し過ぎたかしら。

慌てて頭を起こして、下を見た。
ら!
菊地先輩が、ニヤニヤ笑って見上げていた。

「……こんにちはー。」
とりあえず、挨拶してみた。

「おー。自分、頭、重そうやし、気ぃつけーや。落ちんなよ。」
そう言って、菊地先輩はひらひらと手を振った。

……あんなことがあったのに、悪びれない人だなあ。
やっぱり変。

あ。
そうだ。
ちょうどいいわ。

「椿さん。あの人。どう?さっきの条件……。」
聞くまでもなかった。

椿さんは、菊地先輩を完全にロックオン。
大きな杏仁形の目がらんらんと輝いていた。

「……紹介しようか?」
椿さんにそう聞いてみた。

「必要ない。自分でアピる。」
そう言って、椿さんは大きな声を挙げた。
「せんぱーい!遊びましょーっ!」

毎日ソルフェージュで鍛えてる発声法は、ものすごーく美しく高らかに、椿さんの美声を響き渡らせた。

……ほんの少し前まで、薫くんがそんな風に私を誘いにきてたけど……同じ言葉でも、ずいぶんと意味合いが違うものだわ。

菊地先輩はさすがに驚いていたけれど、椿さんが美人なことを確認すると、笑顔になって、頭の上で両手で大きな丸を作った。

OKらしい。

なんて簡単なんだろう。
6年間も明田先生を想い続けてる野木さんや、物心ついたときから光くんしか見えない私とは、何もかもが違う。

正直、うらやましくなった。


椿さんは、その場でゴソゴソとポケットを漁り、ボールペン、財布、携帯、ハンカチ、生徒手帳……と、今身につけてるものを順に取り出した。

どうするつもり?
連絡先でもメモして投げるのかしら?

横でジーッと見てると、椿さんは、私にニッと笑って見せてから、生徒手帳を窓から投げ落とした。