他のお客さんがいなくなるのを待って、光くんが明田先生をパパに紹介した。
本気でアトリエを借りるつもりらしい。

「そりゃまあ、部屋は売るほどありますけど……どういった物件をお求めですか?」
パパが明田先生にそう尋ねた。

明田先生はあわあわして光くんを見た。

光くんが笑顔でパパに答えた。
「最優先は立地。高校のすぐそばがいいです。建物は古くていいけど、できたら一階か二階がいいな。広さや部屋数は、特にこだわりません。」

「……それ、光くんの逃げ場じゃないの?」
パパが苦笑混じりに突っ込んだ。

光くんは、しれっとうなずいて認めた。
「アトリエ兼サロン兼勉強部屋ですね。」

野木さんがボソッと言った。
「なるほど。パトロンが画家のアトリエ代を出すんじゃなくて、この場合は画家がモデルを囲う部屋ですね。あ。野木も出します。部費程度ですが。」

「え!だって、画材って高いんでしょ?野木さんは、いいよね?ね?パパ?」
私はパパにそうお願いした。

「いや。部屋代は、ちゃんと規定の金額を払わせていただきます。もちろん、野木はいい。俺が出す。……よろしくお願いします。」
明田先生がそう言って、パパに頭を下げた。

パパは、うーんと困って、それから言った。
「先生にアトリエをお貸しすることには、何も問題ありませんが……そこに、光くんや娘が入り浸るのは、ちょっと……。」

まあ、そうよね。
普通の親なら、心配するよね。

むしろパパの気持ちに賛同して、私は光くんを見た。

光くんは、穏やかに言った。
「では、いくつかの条件をつけましょうか。僕とさっちゃんの成績が下がったら、出入り禁止にする、とか。」

するとパパが苦笑いした。
「いや。光くんは、成績より出席率が問題だろ。……じゃあ、光くんは、授業をサボったら出入り禁止にしようか。桜子は、学年5番以内死守が条件。……野木さんは……絵が完成するたびに画像でいいから見せてくれますか?」

……なかなか厳しい条件だ。
確かに私は一般入試では2番だったけど、各種推薦入試で先に合格した人達もいるわけで……学年全体での私の成績はかなり下がりそうな気がする。

5番かあ。
がんばらなきゃ。

「……3回までなら、許してもらえない?」
サボり魔の光くんはパパと条件の交渉を始めた。

「いいよ。じゃ、1年間で3回。」
「え!?1週間で3回のつもりで言ったんだけど。」
「……却下。じゃあ、大負けに負けて、1学期に3回。」
「1ヶ月5回!」
「……週1だよ、それ。ダメ。」
「……。」
「……。」

馬鹿馬鹿しいけど、光くんは切実らしく真剣だった。