小夜啼鳥が愛を詠う

「うん。……お父さん、菊乃さんのこと、ほんっとに愛してらっしゃるんだね。」

当たり前のことなんだろうけど、僕には新鮮だった。


菊乃天人は気恥ずかしそうに頬を染めた。

「にーさまばかり大切にしてはると思った時期もあったけど、家元としてじゃなくて、普通に家族として考えたら、私のことも過保護なぐらい想ってくれてはると思う。……それに、今は、家元としても……ちゃんと認めてくれてはるみたいで……うれしい……。」

そう言ってから、菊乃天人は僕の両手をふりほどくと、僕の首に両腕を回してしがみついてきた。

……うれしいけど……さっき、手は出さないと宣言した手前……ココではちょっと……。

「菊乃さん。人目があるよ?」

たしなめようとしたけれど、無駄だった。

「光のおかげ。大好き。」

菊乃天人にそんな風に言ってもらって……僕は……ついつい、そのまま彼女の背中に手を回して抱きしめた。

和風の柔らかいお香の薫りが心地よかった。


「……夕べ、嫌なことあったん?声が……鼻声やった。泣いてた?」

抱き合ったまま、菊乃天人がそう聞いた。

……気づいてたのか。

僕は、静かに言った。

「うん。うれしいことがあったんだ。池上宗真さんの奥さん、男の子を妊娠してるみたい。」

腕の中の菊乃天人の身体がピリッと緊張で硬化したのがわかった。

慌てて、僕は小声で付け足した。

「……跡取り教育で忙しくならはるから、もう僕と遊んでる時間ないみたい。」

菊乃天人の身体が脱力した。

長い息を吐いてから、菊乃天人は少し身を離して、僕の顔を至近距離で見つめて言った。

「光も。忙しくなるやろ?大学行って、講義受けて、神戸でお店手伝って、資格試験の勉強もして……。」

まるで洗脳するかのように、僕の瞳を睨み付けてそう説く菊乃天人が必死過ぎて……ちょっと笑ってしまった。

大丈夫だよ。

わかってる。

未練はもうないよ。

「一番大事なコトを忘れてるよ。」

そう言ったら、菊乃さんは怪訝そうに僕を見た。

眉間に縦皺が寄ってる……。


菊乃さんの額をそっと撫でてから……ほぼ無意識で、つい、口づけた。

あ。

しまった。

いや、まあ……額にキスぐらいは……手を出したことにならないよな?