小夜啼鳥が愛を詠う

「菊乃さん?大丈夫?……ヒトが……見てるよ?……ご家族は?」

慌てて菊乃天人を引きはがそうとしたけれど、泣きじゃくって離れてくれそうにない。

「……にーさま見てる。……私も見たい。一緒に来て。」

「え。どこ?客席?モニタールームかなにか?」

「こっち。」

菊乃天人は、僕の腕にしがみついたまま、僕を誘導した。

まるで道行きのようだ。


「……あやちゃんだった?」

歩きながらそう尋ねると、菊乃天人はくやしそうにうなずいた。

「びっくりした。こんな感覚はじめて。……完全に、あやちゃんに乗っ取られた。……池上宗真氏が恍惚としてる意味がわかった。でも、これ、やばい。光が来てくれへんかったら、我に返れへんかったかも。」


……やっぱり……菊乃天人も、依代(よりしろ)になれるヒトだったのか。

だから、今まであれほどまでに怖がって逃げてたのだろう。


「てゆーかさ!なんか、腹立つわ。私があれだけ一生懸命お稽古してきたのに、本番で、取って代わられるとか。意味わからん。むかつく。腹立つ。くそーっ。私のお稽古した時間を返してほしいわっ!」

……え?

「菊乃さん?……怒ってるの……それ?」

びっくりした。

「当たり前やん。自分の身体やのに、勝手に動くんやで。超むかつく。お稽古の時みたいに、気持ちに寄り添ってくれるだけでいいのに。ほら、お囃子の笛が音、飛ばしたやろ?あれで、動揺して、振りが遅れて、そこから!まるで、私には任せておけん!とばかりに、あやちゃんが入り込んできたー。ひどい!」

ぷりぷりしてる菊乃天人に、僕は思い当たった……宗真さんも、急な代役だったんだよな。

なるほどなー。

「ちゃんとお稽古して、完璧なら、のっとられないってことじゃない?」

菊乃天人は、くやしそうに、渋々うなずいた。

「たぶんそういうことやと思う。……今回は、負けた。次は、負けへんで。」


……たくましい。

この子のこの強さは、いったいどこからくるんだろう。

「しっ。黙って。」

菊乃天人のほうが賑やかなのに、そう言って、彼女は僕の唇に人差し指をあてがった。

多少のいたずら心で唇を少し突き出したら、菊乃天人は慌てて僕から離れようとした。

逃がさない。

帯も装束も鬘も邪魔だけど、菊乃天人を片腕に抱き寄せて離さなかった。

天女を捕まえた気分。