小夜啼鳥が愛を詠う

ゆきぼんが、宗真さんと僕の関係をどこまで知ってるのかは、わからない。

でも、何を言われても、後悔することもなければ、恥ずかしいと思うこともない。

むしろ、宗真さんと知り合えたことが僕を支え、成長させてくれたんだ。

「僕は、観てるだけで充分。それより、今度、ゆきぼんが舞台に立つ時、チケット取ってよ。東京でも行くから。……菊乃さんと。」

開き直ってそう言った僕に、ゆきぼんは鼻白んでいた。


休憩のあと、すぐに菊乃天人が舞った。

世阿弥の能で有名な「砧」は、長い年月で様々なコンテンツに派生した。

箏曲などの邦楽でも1ジャンルを形成しているし、舞踊でも各流派がそれぞれの解釈で発展させてきた。

今回、菊乃天人の舞う「砧」にも、世阿弥の詞章をかなり取り入れられている。

出稼から帰らない夫を、ぽくりぽくりと砧を叩いて待ちわびる妻。

いつしか、心配が不安に変わり、恨み言をかきくどき、さまよい、力尽きる。


悲しみが心に降り積もる。

しんしんと、心が冷え固まる。

……そんな想いを、菊乃天人にさせるわけにはいかない。


そばにいてあげたい。

ずっと……温めてあげたい。

……いや。

違う。

あれは……。


……最初は確かに菊乃天人だった。

でも途中から……舞台で悲しみを舞っているのは、あれは……あやちゃんだ。



「……楽屋、行ってくる。」

幕が下りた瞬間、僕は椅子から立ち上がった。

「え……次、咲弥……」

ゆきぼんがそう言ってたけど、僕にはそのまま座って次の演目を楽しむ余裕なんてなかった。

……菊乃天人が心配だった。

あやちゃんの悲しみに、捕まってしまわないか……宗真さんのように、苦しみはしないか……心配でいてもたってもいられなかった。



すぐに飛んできたので、菊乃天人はまだ鬘もとってない、舞台の姿のまんまだった。

「菊乃さんっ!」

僕の声に振り返った菊乃天人は、驚いた顔から、ぶわっと涙をあふれさせ、そのまま号泣しながら笑った。

……あまりにも激しい百面相ぶりに、僕は一瞬ひるんだ。

けど、菊乃天人は僕の首に両手を回してしがみついてきた。

たぶん鬘の鬢付け油と、白粉の香りが強烈で、くらくらした。