小夜啼鳥が愛を詠う

僕の腕を放そうとしない菊乃天人の手を、軽くポンポンと叩いた。

「わかったから。ちょっとだけ放して。運転できないから。」

菊乃天人は慌てて手をどけてくれた。

例えばこの車がオートマなら、もうちょっとくっついてもらってもいいんだけど……あいにく、扱いの面倒な古い車だからなあ。

エンジンをかけて走り出す。


菊乃天人は、500ミリリットルのペットボトルをあっという間に飲み干してしまった。

もう1本買えばよかったかな。


ようやく人心地ついたらしく、菊乃天人は助手席のシートに深くもたれて、ふーっと息をついた。


「落ち着いた?」

僕は、身体が落ち着いたか、と聞いたつもりだった。

でも菊乃天人は、気持ちが落ち着いたかを問われたと思ったようだ。

「うん。……ごめん。ヤキモチ焼いて……拗ねてた。ごめんなさい。」

しょんぼりと、菊乃天人はそう謝った。


……なるほど、反省しているらしい。

充分だよ。

そんな顔をさせたいわけでも、虐めたいわけでもない。

……まあ、凹んでる菊乃天人もかわいいけど。

「ヤキモチはかわいい。拗ねるのも適度ならかまわない。……でも、そこに舌打ちとか汚い言葉遣いが加わると、全然かわいくない。」

僕はそう言って、ニッコリほほ笑んだ。

「もう一度、言ってみて。菊乃さんの気持ち。どうしてほしい?」

菊乃天人は、一瞬怯んで、それから小声で言った。

「……他のヒトと手ぇつながんといて。」

ふっと、頬が緩んだのがわかった。

ほら、やっぱりかわいい……。

「うん。わかった。……でも、お店でお年寄りを手を引いてエスコートすることはあるよ?あーちゃんやおばあちゃんも。」

「……それは、いい。でも、『さっちゃん』は、やだ。」

憮然として、菊乃天人はそう言った。

まあ、そうだろうな。

「うん。さっきも言ったけど、さっちゃんはもう薫のモノだから。僕が触れることはないよ。安心してくれていいから。」

繰り返してそう言うと、菊乃天人は黙ってうなずいた。


……たぶん、無理矢理納得しようとしてるんだろうな。

その気持ちが愛しくて、うれしくて……そっと菊乃天人の頭を撫でた。