小夜啼鳥が愛を詠う

……拭け、ってか。

ここで?

めっちゃ賑やかな女子校の中庭だぞ。


僕は周囲をうかがってから、菊乃天人の目尻にハンカチをそっと当てた。

満足そうな笑顔で菊乃天人は僕を見上げた。

ワガママと言っても差し支えないぐらい、菊乃天人は僕に甘えてくる。

戸惑うこともあるけれど、僕もけっこう楽しんでいた。

……これまでの人間関係では、むしろ甘えるのは僕のほうだったから……新鮮な気分?


「好きなヒトじゃない、お客さんの子供を妊娠した捨てられたって聞いたけど。」

「……てか、もともと、そんなに甘い関係じゃなかったみたい。あやちゃんの片想いだって。……その頃、他の組との抗争が激しくて……傷が癒えるわずかな期間だけしか彼に会えへんかったみたい。」

片想い?

……頭の弱い遊女に本気になる男じゃなかったってわけか。

「あやちゃんのお客さんに、その好きなヒトの兄貴分のヒトもいてんて。その男が意地悪で、あやちゃんも、好きなヒトも嫌がらせされたんやて。……怪しいお薬も使われてたみたい。」

「覚醒剤?……やっぱり……。」

たぶんそうだろうと思ってた。

指を切り落とすだの、出奔するだの……ちょっと普通の女性の感覚でできることじゃない。

暴力団の莫大な財力源は違法ドラッグなことは間違いない。

……今も、舞ちゃんのお父さんの組は、学生と外国人の多い京都で荒稼ぎしてることだろう。


「ん?じゃあ、その意地悪な男の子供を妊(みごも)ったの?」

菊乃天人が慌てて首を横に振った。

「違うみたい。……子供の父親が知りたいの?知ってどうするの?」

じっと僕を見つめる瞳に、たじろいだ。

まるで、僕が菊乃天人の不貞を責めているかのような詰問ぶりじゃないか。

「……どうもしない。でも、ほら、……僕の遺伝子上の祖父に当たるヒトなわけだから。知りたいと思うのは自然なことじゃない?」

存命なら逢ってみたい気もする。

既に鬼籍のかたなら、お墓に挨拶して終わりかな。


菊乃天人は、残った綿菓子を僕の口に押し込んでから、すっくと立ち上がった。

「でも、あやちゃんは、関わりたくないみたい。わかってて、認めたくないんやと思う。……お茶、飲みに行こっ。」

この話は終わり……とばかりに、菊乃天人は校舎を見上げた。