小夜啼鳥が愛を詠う

「観てへん。……とーさまには言わんとってや。」

「ふぅん。師匠に内緒、なんだ。……ふーん。」

ゆきぼんくんは、ふんふんと何度かうなずいて、それから、いたずらっ子のようにニッと笑った。

「じゃあ、耳寄り情報教えてあげる。最後の演目、シテが急病で代役が立ったんだって。例の、池上宗真さん。珍しい演目で、彼しか対応できなかったみたい。……好評だったらしいよ。」

「え……。」

思わず声を漏らして反応してしまった僕を菊乃天人が冷ややかに観た。

慌てて口をつぐんだけど、……びっくりした。

えーと、宗真さん……シテを勤めたんだ。

観たかったな。

……てか、菊乃天人が行くはずだったのって、それか!

あ。

そっか。

菊乃天人は、だから、かたくなに今日は行かないと言い張ったのかもしれない。

……僕に、宗真さんと関わってほしくない、ってことか……。


「わかった。情報ありがと。活用させてもらう。ほな!早よ帰らんと、ゆきぼんかて、明日、学校やろ!……ご苦労様でした。」

菊乃天人は、最後だけ丁寧なお辞儀をして見せたけど……基本的にはぞんざいな態度でゆきぼんくんを追い払った。

そして、僕には挑戦状を叩きつけるような苛烈な視線で言い放った。

「電話するし!」

……それだけ?

さすがに苦笑してしまった。

菊乃天人は、小走りで帰っていった。


「……かわいいなぁ。」

ゆきぼんくんが、飄々とそうのたまって、肩を揺らして笑った。

「じゃ。今日はこれで。」

そう言って背中を向けたゆきぼんくんに、思わず声をかけてしまった。

「送るよ。京都駅?」

するとゆきぼんくんの顔が緩んだ。

「いいんすか!?伊丹ですけど。」

……飛行機なのか。

「うん。いいよ。どうせ神戸まで帰るし。……乗って。シートベルトもエアバッグもないけど。」

そう言って、助手席のドアを開けた。

「わー。ありがとうございます。お兄さんとなら、心中しても絵になりますね。……菊ちゃんは、すごく怒るだろうけど。」

くすくすと笑いながら、ゆきぼんくんは助手席におさまった。

「……菊ちゃんの残り香。」

と、満足そうに微笑しながら。

……こわっ。

確かに、ゆきぼんくん……ややこしいひとかも。