小夜啼鳥が愛を詠う

そう言ったけれど、ゆきぼんくんは意に介さず、ニコニコと僕の連絡先まで聞いてきた!

名刺を受け取った手前、自分の情報をまるっきり明かさないというのも大人げない気がする。

かといって、赤外線で連絡先を交換する気もない。

僕は名刺に書かれたナンバーを手早く押して、ゆきぼんくんの携帯に電話をかけた。

彼が袂(たもと)をゴソゴソと探って携帯を取り出す前に、電話を切った。

「あーざっす。」

携帯の画面に表示された僕のナンバーを見てそう言うと、彼は再び車をうっとりと眺めた。

本当に車が好きらしい。

少し話したい気もしたけれど、助手席で屈んでいる菊乃天人の腰が心配だ。

「じゃあ、これで。」

そう切り上げて、車に戻ろうとした。

「はーい。また連絡しまーす。いろいろ教えてください。……菊ちゃんとはどういう関係かも気になりますし。」

ニコニコしてたゆきぼんくんの笑顔が、いつの間にかアルカイックスマイルに変化していた。

……菊ちゃん……。

いかにも親しげな呼び方が、おもしろくなかった。

嫉妬と言っても差し支えないかもしれない。

彼のほうがはるかに昔から菊乃天人と交遊していたというのに、僕はまるで彼女が自分のものであるかのように錯覚していたようだ。

……少し頭を冷やせってことかな。


ゆきぼんくんは、僕のポーカーフェイスに苦笑して、助手席側にまわり、サイドグラスをトントンと軽くノックした。

渋々、菊乃天人が這い出して来た。

「かくれんぼ?菊ちゃん、見~つけた。このお兄さん、だぁれ?」

毒々しいまでに無邪気な笑顔と声でゆきぼんくんは助手席のドアを開けた。

「うざっ!ゆきぼんには関係ないやろ。もう!はよ、かえりー!てか、私、帰るんやから!のいて!」

今まで一番邪険な菊乃天人だった。

ゆきぼんくんは両手を軽く上げて、眉をひそめた。

「ご機嫌斜め?……お能観てきたんでしょ?『砧』、どうだった?また、怖くなった?」

……へえ……ゆきぼんくんも、知ってるのか。

菊乃天人があやちゃんを怖がって本気で舞えないってこと。

僕は黙って2人のやりとりを観察することにした。