小夜啼鳥が愛を詠う

「地下では気づかなかったけど、上で菊乃さんに目を奪われたよ。……あの頃、まだ、対人恐怖症だったけど、菊乃さんとは普通に話せて不思議だったんだけど……ご縁があったんだねえ。」

敢えて、さっちゃんのことはスルーしてみた。

「光、口がうまいから、どこまで本気で、どこから冗談か、わからへん。……目ぇ奪われたって、ちょっと見ただけで、ずっと美人の彼女ばっかり観てたもん。あと、舞台の池上宗真。」

顔を真っ赤にして、菊乃天人は怒っている……ように見せて……不安なのかな?

オトナの駆け引きなんかする必要もないし、そんなつもりもないんだけど……菊乃天人から見れば6つも上の大学生はオトナなのかな。

どう言えば伝わるのだろう。

「本気だよ。全部。菊乃さんの反応がかわいいから、からかったり、煽ったりすることはこれからもあるだろうけど、いい加減なことは言わない。約束する。菊乃さんは、最初から特別だったよ。」

真面目に、噛んで含めるようにそう言った。

「ふーん?美人の彼女は特別じゃなかったん?」

菊乃天人、イケズな顔してるよ……。

まったく……かわいいなあ。

ジェラシーがこんなに心地いいなんてね。

「彼女は家族だと思って。生まれる前から家族ぐるみのつきあいだし、僕の弟と結婚する子だから。それに、純喫茶マチネのマスターは彼女の戸籍上のお父さん。」

「……え……。」

絶句した菊乃天人に、にっこりとほほえんだ。

「彼女は恋愛対象じゃないから。安心して。」

菊乃天人のこわばった顔がふにゃりと崩れた。

安心……してくれるのかと思いきや、菊乃天人は泣きそうな顔になった。

なんで?

しばらく待つと、菊乃天人の瞳が涙で濡れてしまった。

……えーとぉ……。

何で泣いてるのかわからないんだけど……喜ばしい雰囲気じゃないよなあ。

「菊乃さん?」

呼びかけると、菊乃天人は僕の腕に涙をすり付けるように、ぐじぐじと拭いて、そのまましがみついてきた。

……くっつかれるのはうれしいけど、着物なのに……苦しくないのかな。

しばくして、菊乃天人は口を開いた。

「池上宗真氏も、恋愛対象じゃないから、安心して……って、言う気ぃなんや?」

予想してなかった冷ややかな声だった。

驚いてぼくは菊乃天人を見た。

僕の腕に顔を押し付けたままだったので、どんな表情をしてるのかまでは見えなかった。