小夜啼鳥が愛を詠う

「さて。そろそろ帰ろうか。夕方は道がこむだろうし。」

「え!もう!?……もっとゆっくり見たいのに……。」

一度はしょんぼりうつむいたけれど、菊乃天人はすぐにまた顔を上げた。

「また、連れてきてくれる?」

……必死だな。

猫可愛がりという言葉があるけれど、まさに今僕は、この目の前のかわいい子の頭もお顔も撫でたくってかわいがりたい衝動にかられた。

白い手をそっと取るだけで、我慢するけどさ……今は。

「いつでも。菊乃さんの来たい時に。……須磨は、月の名所なんだ。夕陽も綺麗だし。……お家の許可が下りるなら、泊まりにおいで。」


さて、何年先になることやら……。

まだ13歳のいたいけな少女の、曇りのない笑顔に、よこしまな僕の胸が甘美に疼いた。



京都へと向かう車の中で、菊乃さんは学校の話を聞かせてくれた。

女子校という未知の花園で、のびのびと青春を謳歌している様子が伝わってきて、僕の心もはずんだ。

特に二学期は行事も多くて、忙しそうじゃないか。

「でも、体育祭も文化祭も、フル参戦できひんねん。……お舞台優先せなあかんねん。」

楽しそうな話をいっぱいしてくれた後で、菊乃天人はちょっと淋しそうにそう言った。

……あー……。

「そっか。……いや、でも、お家の舞踊会も、文化祭の続きだと思えば?仲良しの子、いっぱい招待して、さ。」

「……舞踊会は遊びじゃないのに。怒られるわ。」

真面目にそう言った菊乃天人を、僕は敢えて笑った。

「そりゃ舞台に立つヒトは真剣だろうけど、観に来るお客さまにもそんな厳粛な態度を要求するものなの?日本舞踊って。……美を楽しむものだと思ってたけど。」

菊乃天人は目をぱちくりさせた。

「……確かに……娯楽?芸術だと思ってるのは、私達だけ?」

「んー。昔は娯楽だったんだろうね。いや、お座敷では今も娯楽かな?一般的なイメージでは、娯楽より高尚だけど、芸術の域は人間国宝ぐらいじゃない?」

そしてニッコリ微笑んでつけくわえた。

「あやちゃんと向き合って昇華できないかぎり、菊乃さんの舞は文化祭と大差ないんじゃないかな?」

菊乃天人の口がへの字に結ばれた。

怒ってる怒ってる。

かわいいなあ……と見とれそうなので、慌てて前を向いて謝った。

「ごめんね。観たこともないくせに、えらそうに。」