小夜啼鳥が愛を詠う

寝室がいくつもあるから、見て回るのに時間がかかってるんだろうな。

はじめはそう思った。

でも、いつまでたっても降りてこない。

せっかく入れたコーヒーが、飲み頃を通り越して冷めてしまってる。

何か彼女の興味を引くものがあったかな?


白いトレイにコーヒーカップをのせて、二階へと運んだ。


どこにいるんだろう。

メインゲストルームかな?

ドアが開いている。


「菊乃さん?」

呼びながら入ってくけど、返事がない。

別の部屋かな?

すぐに出ようとしたけれど、軽い寝息に気づいた。

……え?

中に入ってくと、大きなベッドのど真ん中で菊乃天人は眠っていた。

ご丁寧に、デュベをしっかりかけて……完全にお昼寝状態だ。


……おいおいおい。

掃除だけじゃなく、本当にベッドメーキングを頼んだんだ……あーちゃん。

参ったな……。

しかも、菊乃天人……爆睡じゃないか。

もしかして、夕べあまり眠れなかったのかな。

……しかし、着物で寝て、窮屈じゃないのだろうか。

皺になりそうだし、帯もほどいたほうが楽だよな……。

「菊乃さん。眠るなら、長襦袢で寝たら?……帯、ほどく?」

さすがに僕が脱がせるわけにもいかないので、眠ってる菊乃天人にそう話しかけて、起こそうとしてみた。

菊乃天人の眉間にしわがより、ぴくぴくと眉毛が動く……。

パチリと目が開いた。

「……。」

無言で僕を見つめる菊乃天人の黒い濡れた瞳。

だけど、そこに居るのは、別の人格で……。

菊乃さんの言う、遊女か?


「……菊乃さんのお友達ですか?」

僕はそんな風に話しかけてみた。

「……。」

じっと僕を見つめてから……菊乃天人の中の女性がふわりと笑った。

違う。

菊乃さんのよそ行きの、歳に似つかわしくない艶然としたほほ笑みでも、素の無邪気で感情豊かな笑顔とも、違う。

……透明感……はかなげ……美しい笑顔なのに……淋しそうな……


白い手がすっと上に上がり、僕の頬に触れた。

冷たい……。

体温を感じない、ひんやりした手。

だけど、気持ち悪いとは思わなかった。

……うん。

怖いヒトじゃない。

むしろ……いたましい?