小夜啼鳥が愛を詠う

多少交通量は多いけれど、海岸線を走る。

「海~!」

菊乃天人は海にやたら興奮してはしゃいだ。

……神戸で生まれ育った僕には、海は当たり前の風景だけど、京都人の菊乃天人には馴染みのないものらしい。

「神戸っていいとこやねえ。海も山もあって。好きやわぁ。」

「ありがと。僕は、京都が好きだよ。……小さい頃、住んでたからか……第二の故郷って感じ。あの閉塞感がまたいいよね。」

本気でそう言ったんだけど、菊乃天人は苦笑いしていた。

「……褒められた気がしいひんわ。」




須磨の別荘はまるで中世ヨーロッパのお城のように、高台に建っていた。

……てゆーか、ヴァルトブルク城のイメージで建てられた築100年越えの近代建築だから……まあ、お城だよな。

黒く塗った木を壁面に組んだ外観は、まるでおとぎ話の世界のようで、菊乃天人の乙女心をくすぐったらしい。

「素敵……。」

車を降りると、しばらく目も口も開けて、玄関に立ち尽くして建物を見上げていた。



「ほら、日焼けするよ。おいで。中も素敵だよ。けっこう手が入ってるから文化財指定は受けてないけど。」

いつまでも動こうとしない菊乃天人の手を取り、別荘へといざなった。


「いつ頃の建物なん?」

玄関に入ると、高い天井を見上げて、また立ち止まってしまった。

……この調子じゃ、部屋を全部見たら夜になっちゃいそうだ。

「大正2年の建築らしいよ。このすぐそばに武庫離宮があったんだけど、その前の年に完成パーティーを開いた資料を見たことある。……まあ、震災でガラスや陶磁器はほぼ全滅したらしいけどね。」

そう説明しながらメインダイニングに案内……したいんだけど……廊下も、窓枠も、照明も、壁も、床も……菊乃天人の興味は尽きないらしい。


諦めて僕はキッチンへお湯を沸かしに行った。


来る前に、掃除は業者さんがしてくださってるので、どこも綺麗なはず。

菊乃天人は、バタンバタンと全てのドアを開けて見て回ってるようだけど、まあ、問題ないだろう。

……と、タカをくくって、僕は菊乃天人を野放しにしておいた。

草履特有のパタパタとかわいい小さな足音が、階段を駆け上がり移動した。

古いけど、基礎は堅牢なレンガなので、二階に上がりきってしまえば足音が響くことはない。