小夜啼鳥が愛を詠う

「……義理の、おじいさまなんや?」

純喫茶マチネを出て、車に戻ってから、菊乃天人は遠慮がちに聞いた。

「うん。わかる?……あのヒトはね、僕の母と結婚した血の繋がらない父のお父さん。マスターの親友だから常連さんなんだ。」

そう答えると、菊乃天人は微妙な表情でうなずいた。

「優しい穏やかなヒトだけど……けっこう頑固?」

「うん。頑固。意固地。……最近やっと、幸せそうでホッとしてるけどね。」

元内縁の妻の再婚が決まるまで、家族のもとに戻らないまま、家族のために会社を守り通した祖父の生き方は不器用だけど、誠実だ。

「……そっか。仲良さそう。よかった。」

そう言って、菊乃天人はニコッと笑った。

何となく違和感を覚えた。

「菊乃さんのお家は、仲良しじゃないの?」

……少なくとも、お母さんとひいおばあちゃんは、上手くいってそうに見えたけど。

菊乃天人は、口をつぐんでうつむいた。


また……か。

こうなると、長いんだよな。

菊乃天人こそ、頑固というか何と言うか……。


僕は諦めて、車を走らせた。

たぶん建物を見れば機嫌を直してくれるだろうという期待を込めて。



近くのパーキングに車を停めて店へ向かう。

「横浜正金銀行や!」

菊乃天人は、博物館を見てそう言った。

「……あ~、かつてはそうだったらしいね。今は博物館だよ。」

多少は機嫌が直ったらしい。

「知ってる。前に来たことある。中は入ってへんけど。……このすぐ隣のコロニアル建築がアメリカ領事館で……。」

「うん。そこ。」

そう言ったら、菊乃天人さんの頬がふにゃ~っと緩んだ。

喜んでる喜んでる。

「震災で倒壊しちゃった復元だけど、重要文化財らしいから。」

「充分!てか、確か、煉瓦の下水道管が……」


菊乃天人はそう言って、突然走り出した!


灰色の街に黄色い着物の袖がひらひら揺れて……まるで蝶々のようだ。

一瞬見とれたけれど、
「危ないよ!」
と、慌てて追いかけた。

何か……ちょっと前までの薫と同じだな。

目を離すと、どこまでも走って行ってしまう。

元気というか何と言うか……。