小夜啼鳥が愛を詠う

「まあ、ご自分で可能性を狭める必要はない、ということでしょうね。そんなお話をうかがいますと、頭が下がります。……お嬢さんも。お父様も、無理を通してがんばってらっしゃるなら、女性だからという理由であきらめなくてもよさそうですけどね。」

マスターの励ましに、菊乃天人の笑顔が消えた。

うなずきはしたけれど……そのまま、見るからにしおれてしまった。

……進路に悩んでるのかな。

まだ中学一年生。

偏差値の高い学校に通ってることだし、頭も悪くないのだろう。

本人次第でどんな方向にも進めるはずなのに……この子の足枷は重そうだな。


いつまでも浮上しない菊乃天人をマスターも常連さんたちも気遣わしげに見ている。

……てか、見とれてる?

アンニュイな表情は、菊乃天人をオトナに見せるだけじゃなく……妙に艶っぽく見せた。

初対面のイメージを思い出した。

そうそう、こーゆー感じだったよな。

子供なのにやけに雰囲気のある着物の少女。

肩揚げが取れ、身長も伸びて、より綺麗になったのに……まだ何度かしか会ってない僕に心を開いたせいか、もはや、普通に元気な女の子だもんなあ。

……すごく、かわいいけど。



お店のドアが開いて、新たなお客さまがやってきた。

いつもの癖で、「いらっしゃいませ」と言いかけて、僕は慌てて口を閉じた。

「いらっしゃいませ。」

笑いを含んだマスターの声に出迎えられたのは、……おじいちゃん。

「あ……。」

僕を見つけたおじいちゃんが、そのまま固まった。

隣の菊乃天人を見て、見ない振りをすべきか逡巡してるのが手に取るようにわかった。


僕は観念して、おじいちゃんに会釈してから、菊乃天人に言ってみた。

「挨拶したい?祖父が来たけど。」

「え!」

ぴょこん!と、菊乃天人が頭を上げた。

草むらからうさぎが耳を出したみたいだな。


どうやら家庭環境上、「挨拶」に対する意識が普通より強いのだろう。

菊乃天人は、おもむろに椅子から立ち上がり、一歩前に出て、深々とお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。芳澤、菊乃と申します。このたびは無理なお願いを聞いていただきまして、ありがとうございます。」

……この子の、こういうところ、やっぱり好きだな。

物怖じしない強さと、たおやかで美しい所作

誰彼かまわず紹介しまくってみたくなる。


おじいちゃんは、菊乃天人と僕と、それからマスターを見て、それから苦笑しながらも、丁寧な挨拶を返してくれた。