小夜啼鳥が愛を詠う

……自分が、店が、どれだけこだわっていても、お客さまには押しつけない。

マスターのそんなスタンスが僕は大好きだ。

古いお扇子を後生大事に修理までして愛用している菊乃天人にも、その心は伝わるだろう。

価値観が同じ……とは、まだ思えないけれど、菊乃天人が古風な生活様式に慣れ親しんでいるところは素直にいいな、と思えた。


コーヒーを飲みながら、菊乃天人は熱心にお店の内部を見ていた。

マスターが井戸の話をしてくれると、ポンプまで見たがった。

……いや。

配線やダクトまで目で追ってるところを見ると……菊乃天人は、歴史的見地で近代建築に興味があるんじゃなくて……


「熱心ですね。大工さんにでもなりたいんですか?」

マスターが冗談っぽく、菊乃天人に尋ねた。

でも菊乃天人は何の迷いもためらいもなく、うなずいた。

「はい!」

……え……。

冗談じゃなく、どう見ても本気だ……。


おやおや、とマスターはおもしろそうに菊乃天人を見た。


「菊乃さん?……舞のお師匠さんにはならないの?」

僕の質問に菊乃天人は顔を曇らせた。

「……だって、舞えへん演目多すぎて、無理やもん。芳澤はにーさまにお任せして、私はおじいちゃまの工務店を継ぎたいんやけど……女には無理やって……。」

……おじいちゃまの工務店?

「もしかして、菊乃さんのお父さんって、家元だけじゃなくて、工務店のお仕事もされてたりする?」

まさかね……と思いつつ、そう聞いてみた。

でも菊乃天人は平然とうなずいた。

「うん。てか、とーさまは、早くにーさまに代替わりさせて、会社に専念したいねん。」

……マジか。

宗真さんから聞いた、菊乃天人のお父さんの「大工になりたい」発言は、冗談でも現実逃避でもなく、バリバリの本気だったのか。

「……お父さん、すごいね。兼業って言っても両極端というか……。お怪我とか日焼けとか、気を使ってらっしゃるんだろうね。」

どう考えても相容れない職種なだけに、ご苦労がしのばれた。

でも菊乃天人は、たぶん大好きなお父さんの話だからなんだろうな……ニコニコしていた。