小夜啼鳥が愛を詠う

「すごい……。」

……ホッとした。

「お気に召した?よかったよかった。」

そう言いつつ、ドアを開けた。

「マスター、お客さまをお連れしました。」

「いらっしゃいませ。」

いつも通り、誰に対しても変わらないマスターの穏やかな営業スマイルに、僕もつられて笑顔になった。

この空気が好きなんだよな。

会釈して、後ろに控えて立っていた菊乃天人を店内へといざなう。

「菊乃さん。どうぞ。」

「はい。……お邪魔します。」

菊乃天人は、しおらしくそう挨拶して入ってきた。

「いらっしゃいませ。遠くから、わざわざありがとうございます。どうぞ。……テーブルがよろしいですか?」

マスターにそう聞かれて菊乃天人は深々とお辞儀をした。

「ありがとうございます。……お店のお話をうかがいたいと思って参りましたので、カウンター席に座ってもよろしいですか?」

「……どうぞどうぞ。光くんも。今日は何もしなくていいからね。」

マスターは目を細めて菊乃天人を案内し、僕に釘を刺した。

「はぁい。じゃあ、忙しくなる前に退散しなきゃ。」

「え……。ゆっくりしたいんやけど。」

僕にそう言った菊乃天人の表情も声も言葉遣いも、コロッと変わってた。

「また、いつでもくればいいじゃない。須磨も行くんでしょ?ここには、昼までの予定。」

「えっ!短い!もうちょっといいやん。」

「でも、お昼、予約してるもん。菊乃さんの好きそうな居留地の重要文化財でランチ。」

「……そうなんや。」

菊乃天人の頬がゆるんだのを見て、ちょっとホッとした。


そんな僕らのやりとりを、マスターは半笑いで見ていた……。


菊乃天人は、建物だけじゃなく、マスターがコーヒー豆を挽くのも、ドリップするのも、食い入るように見つめていた。

何にでも興味を持つお嬢さんだな……。


「光も、入れるの?」

不意に菊乃天人が、僕にそう尋ねた。

どうやら呼び捨てに驚いたらしく、マスターの手元が珍しく狂ってしまった。

お湯がわすがにネルフィルターの縁を越えて、外側から伝ってポットに侵入した。

マスターは苦笑して、再び新しい豆を準備し始めた。