小夜啼鳥が愛を詠う

翌日は、朝からイイ天気だった。

珍しく早朝から出かける準備をしている僕を家族が物珍しげに見送ってくれた。

……本当は内緒にしたいけど……菊乃天人は、純喫茶マチネだけじゃなく須磨の別荘も観たいと譲らなかった。

さすがに別荘の鍵を勝手に持ち出すのは気が引ける。


「ベッドメイキング頼んでおこうか?」

あーちゃんにそう言われた時には、さすがに笑顔も引きつった。

「……そういうんじゃないから。」

中学1年生の女の子だよ、と言ったら、どんな反応されるんだろう……。




9時前に菊乃天人の自宅前に到着した。

<着いたよ>

ラインを入れると、すぐに菊乃天人が出てきた。

黄色い格子柄の着物!

……まだ暑いのに……さすがというかなんというか……。

着慣れてるから、窮屈じゃないんだろうなあ。


「かわいいね。よく似合ってる。着物でもアクティブというか、元気が伝わってくるね。」

そう言ったら、菊乃天人はニコッと笑った。

「これ、黄八丈。お稽古には着られないから。」

……あまり着物に詳しくない僕には、意味がよくわからなかった。

普段着ってことかな?



とりあえず、走り出す。

「おばあちゃまがとーさまに上手く言うてくれはってん。再来月の発表会の勉強のために、知り合いのお寺さんのお能と狂言、観に行くってことにしてくれはってん。」

ん?

「それって……本当にそっちに行ったほうがいいんじゃないの?……神戸はいつでもいいんだし。」

走り出したばかりだけど、道路脇に車を停めた。

「え。嫌や。怖い……。」

ワガママではなく、菊乃天人は本気で怖がっているようだ

「……怖いって……もしかして、出るの?遊女の霊?」

うなずいた菊乃天人の瞳は涙目だった。


「演目変えてもらえないの?」

勝ち気と強気が似合う菊乃天人がしょんぼりするのがかわいそうで、僕はそう尋ねた。

「……これでも配慮してもろてるねん。遊女関係全部拒否ってる。……今回は大丈夫や思てんけど……。」

「ふぅん?何を舞うの?……て、聞いてもわかんないかな?日舞はほとんど知らないからなあ。」

ぱっと顔を上げた菊乃天人の瞳が好戦的な色を帯びた。

……なんだなんだ?