でも、ママは首を傾げた。

「まあ、思い切る必要はないんじゃないかな。玲子さん……かれこれ40年、成之さんと生きてきたんだもん。たぶん、成之さんも同じ気持ちだと思うよ?奥さんの家には帰らないのは、玲子さんが心配なんだと思う。」

ひくっと、玲子さんの頬がひきつった。
「……なっちゃん……知ってた?成之が……だいぶ前から彼女と逢ってること。」

ママは、気遣わしげにうなずいた。

「……いつから?」

玲子さんに聞かれて、ママは苦笑した。

「正確にいつ復縁したかは知らない。でも、2人が再会した日は覚えてる。……頼之くんのインターハイの時よ。私も会場で仕事してて、成之さんと偶然遭ったの。……桜子がお腹にいた頃の話よ。」

……てことは……14年以上前!?

玲子さんはやるせない顔で、息をついた。
「……覚えてる。そう。成之、なっちゃんに遭ったってうれしそうだったけど……本当は彼女とも遭ってたわけ。そりゃ浮かれるわ。……イイ歳して、馬鹿みたいに純情なんだから。」

そう言って、玲子さんはホロリと涙をこぼした。

びっくりした。
慌ててティッシュを取ってきて、玲子さんの前にそっと置いた。

「……ありがと、さっちゃん。はー。章(あきら)も、だいぶ前に見たそうよ。成之が彼女と歩いてたって。……さっちゃんが生まれた年の秋だって。」

パパも、そんな昔から……。
黙って、親友の行く末を見守っていたのかしら。

「玲子さんは?いつから、成之さんの想いに気づいてたの?」

私がそう尋ねたら、玲子さんは嫌そうに言った。

「想いに気づいてた……って……、嫌な言い方。成之は彼女と出逢ってから、ずーっと、徹頭徹尾、彼女を想ってるわよ。彼女への想いを抱えたまま、死んだ伊織のために、それから可哀想な私のために、家族ごっこしてくれてたの。ありがたい話よね。」

……こ、言葉が出ない。
身も蓋もないわ。

ママもフォローも叱咤激励もできないらしい。
ため息をついて、肩をすくめた。

玲子さんは自嘲的に笑って、それから言った。
「2人が逢ってることを知ったのは、5年ぐらい前。それまでにも怪しいとは思ってたけど……認められるまで時間がかかったかな。」

5年……。

「認めて、心の整理がついたから、働き始めたの?」

私がそう聞くと、玲子さんはぷるぷる首を横に振った。

「ううん。それは、あんまり関係ない。成之のこととは別次元だから。」

……そう?
そうかな?

まあ、御院(ごいん)さんの役割も大きいように思うんだけど。

「相手の人生に自分が必要ないどころか、むしろ邪魔……とは、認めたくないわよね。」
ぽつりと、ママがつぶやいた。

玲子さんも、私も、返事しなかった。

いや、……できなかった。