小夜啼鳥が愛を詠う

「母屋はお稽古場やねん。離れが、うっとこの居住スペース。……ただいま帰りましたー。」

菊乃天人は、ガラガラガラガラーっと引き戸を開けるようなことはしなかった。

右手で少し引いてから、手を換えて戸を開ける……基本は和室に入る時と同じなんだな。

もちろん、たとえ自宅でも後ろ手で戸を閉めるなんて無作法はしなかった。



宗真さんも、行儀作法は完璧にできるヒトだけど、自宅や僕の前ではむしろ気を抜いてだらだらしてる。

菊乃天人は、逆に、家では丁寧なぶん、学校やお友達と弾けるようだ。


「おかえりー。暴風域入ってるで。お父さん、心配してはったで。大丈夫やった?……え?」

奥から出てきた女性が、僕を見て驚いた顔で固まった。

「かーさま。こちら、光さん。とーさまに似てへん?」

菊乃天人が、そんな風に僕を母親に紹介した。

「いや、ほんまや。え?……お友達?親戚?」

……親戚……ではないだろうけど。

「はじめまして。突然お邪魔してしまって、すみません。小門(こかど)と申します。」

卑屈にならないよう、丁寧かつ鷹揚に、僕はそう言って深々と頭を下げた。


「雨、かなりきついし送ってくれはったんです。風がマシになるまで、うちで雨宿りしてください、って誘ったけど、かまへんよね?」

「いや、そこまでは。ご挨拶させていただいたら、帰るよ。」

菊乃天人の言う通りにしてたら台風が通り過ぎるまで帰らせてもらえなくなりそうだ。


お母さんは慌てて僕を家の中に引き入れようとした。

「……まあ、そう言わんと。どうぞどうぞ。……ご挨拶って……もしかして、彼氏なの?え?大学生さん?」

思わず菊乃天人を見た。

「そんなん言うたら、失礼やわ。」

さらりとそう言ってから、菊乃天人は僕に艶然とほほえんで
「こんな綺麗なかた、お相手は選り取り見取りやわ。老若男女にモテモテちゃいます?」
と、意味深なことを言った。



……やっぱり、宗真さんとの関係……疑われてる……。

まあ、事実だししょうがないけど。

気まずいなあ……。