小夜啼鳥が愛を詠う

「もしかして、菊乃さんは……能楽師の池上宗真さんみたいに、自分の中に別の魂を呼び込んで舞えたりする?」

あ、ごめん、宗真さん。

つい、名前、出しちゃったよ。

心の中で宗真さんに謝りながら、菊乃天人の反応を観察した。


……また泣いちゃった……。

信号で停まるのを待って、僕は、再びハンカチを彼女の目尻にそっと押し当てた。

「……池上のぼんみたいに、その場限りでバイバイできたらいいんやけど……私は、無理。お稽古からお舞台終わってもまだ居着かれて……しんどい……から……舞いたくない……。」

……あー……。

やっぱりそういうヒトもいるんだ。

そりゃそうだよな。

うーん……。


何とかしてあげたい。

でも、僕には何ができるのだろう。


……とりあえず、宗真さんに相談?

情けないなあ。


「いつからそんな想いをしてきたの?」

とりあえず、情報収集だな。

「……覚えてへん。物心つく前からかも。役のことを徹底的に勉強するから影響されてるだけやと思ってた。けど、だんだん、舞ってる時には友達と一緒にいるような気分になって……気がついたら、寝食を忘れて没頭して倒れてしもた。……はっきりとやばいと思ったのは『羽根の禿』(はねのかむろ)の時。……母方の祖母とあの辺を歩いてたら、禿(かむろ)の女の子がついて来てん。」

……霊がついて来たってことか?

「その子は、なかなか、消えてくれなかったの?」

ぷるぷると、菊乃天人は首を横に振った。

新たな涙がポタポタとこぼれた。


信号まで待てず、ハンカチを菊乃天人に手渡す。

僕のハンカチは、雑巾のようにぎゅーぎゅーと捻り絞られた。


「消えても、また来るねん。遊女とか女の情念を舞おうとしたら、いつの間にか、いはるねん。演目によって年齢が違うみたいやけど、同じ子ぉ。」

……え……。

「それって、僕の……天使と同じじゃないの?宗真さんのように、いろんな念を取っ替え引っ替えじゃなくて、基本は1人なら、菊乃さんの守護霊みたいなもんじゃないの?……まあ、役にはたたないだろうけど。」

そう尋ねると、菊乃天人は訝しげに僕を見た。

「池上のぼんと、仲良しなん?」

……あ……。