小夜啼鳥が愛を詠う

……いないのか……。

ハンカチを取り出して、きれいな涙をそっと拭いながら……僕は、宗真さんのことを思い出していた。

かつて宗真さんの存在が僕の心の寄りどころになったように、菊乃天人の心に僕が寄り添うことができないだろうか……。


「いない。ネットで探しても、気持ち悪い宗教団体とか、カルト集団的なヒトたちぐらいしかすり寄って来ぃひん……。」

菊乃天人はそう言って、盛大に鼻をすすった。

……かわいいな。

僕は、よしよしと頭を撫でてみた。

「そっか。……つらかったね。ご家族にも話せなかったの?」

そう尋ねると、ピタリと彼女の嗚咽が止まった。


……なんだ?

まだ、言いたくないことがあるのか?


菊乃天人は、ばつが悪そうに目を泳がせている。

まるで悪戯がバレた子供のようだ。

小さい頃の薫みたいだな。


てゆーか。

家族のことを隠したいわけじゃないよね?

僕に挨拶しろって引っ張ってるぐらいなんだから。

……すぐバレると思うんだけど……何を尻込みしてるんだか。


理屈で追い詰めて口を割らせることはたやすいだろう。

でも、僕は菊乃天人の意志を尊重した。


……というより、彼女が何を怖がってるのかに興味があった。




菊乃天人は、しばらくの躊躇のあと、上目遣いに僕を見て、小声で言った。


「……家族には……内緒やけど……たぶん、兄以外はみんな、勘付いてる。」


「お兄さん?学校行ってて留守のお兄さん?……『吉野天人』を舞ったお兄さん?」


そう聞いたら、菊乃天人は苦笑してうなずいた。


お兄さんだけが、知らない?

「どうしてご家族は、見て見ぬふりなの?……お兄さんに気遣ってるの?」

僕の問いに、菊乃天人は淋しそうな顔になり、口をつぐんだ。


……ダメだ。

攻略ポイントを変えよう。


僕は息をついて、再び車を走らせた。

「……堀川通りを上がって、寺之内に入ってくれはる?」

菊乃天人がそうナビった。

「了解。……家元の多い地域だね。」

やっぱりそういうことか。

まあ……お兄さんが日本舞踊の舞台に立つってことは……そういうお家で、そういう立場ってことだよな。