小夜啼鳥が愛を詠う

「……そっか。まあ、それならよかったよ。菊乃さんのお気に召す車に乗り換えなきゃいけないのかと思った。」

もちろん冗談のつもりだった。

でも菊乃天人は、目も口も大きく開けて、僕を見ていた。

……本気にとって、呆れてるようだ。

おかしいんだけど、かわいくって……

「修理不可能になるまで乗り換えるつもりないけどね。……どっちに行けばいい?ナビってくれる?」

さすがに、かの組本部前に車を横付けるわけにもいかないよな?

菊乃天人はうなずくと、ゴソゴソと、今度はスマホを取り出した。

「ちょっと待って。……あ、もしもし?……うん。来てはった。……せやし、ゆーたやん、来はるって。……うん。……うん。……あ、ううん、今、取りに戻る。車で行っていい?……うん、雨やし。……うん。ありがとう。待ってて。」

電話の相手との会話を終えると、菊乃天人は笑顔で言った。

「次の路地を左に入って、まっすぐ行ってください。」

……やっぱり……そこなんだ。

「了解。」

さすがに、作り笑いをすると引きつりそうなので、僕は前方を見たまま返事した。

……緊張するなってほうが無理だ。

菊乃天人は、僕の心を推し量るように、じーっと見つめていた。


「……あの……横からのプレッシャーで押しつぶされそうなんだけど。」

勘弁してくれ。

「うん。そうみたいやね。」

しれっとしてる菊乃天人を見て、僕の中で確定事項に疑問が生じた。


……菊乃天人は、緊張しないのか?

自分ちに異性を連れてくシチュエーションに慣れてるとも思えないんだけど。

「そのタイル張りの建物の中に入って。」

「入るって、チェーンが……あ……。」

グレーのタイルの頑丈そうな建物は、まるで大きな会社のようだ。

建物の一階部分の半分ぐらいが駐車場になってるらしい。

ピンと張られてたチェーンがポールごと下がっていく……。

雨でよく見えないけど、看板にはちゃんと指定暴力団の名称が刻まれているようだ。


……マジで来てしまった……。

「入って。」

菊乃天人が容赦なく指示した。

僕は、苦笑して入庫した。

風雨を遮る堅牢な駐車場スペースに車を停車させた。