ママは苦笑して、私の背中をそっと撫でた。

「……好きって気持ちだけで、どうなるもんでもないけどね。さっちゃん、余計なこと言っちゃダメよ。私達は、黙って成り行きを見守りましょう。」

やけに言葉に重みを感じた。

ママの成就しなかった「好き」の相手は……私の血縁上の父親に当たるヒトなのだろうか。
御院さんの「好き」は、玲子さんの、成之さんへの凝り固まった初恋を消せるのだろうか。
私の「好き」は、光くんの「好き」と、いつか重なるのだろうか。
いつか……。



成り行きを見守るなんて、ママと私は悠長過ぎたかもしれない。
薫くんと藤巻くんを送って玲子さんが戻ってくると、我が家のリビングで成之さんとの言い合いが始まった。

普段のこの2人は、なかなか喧嘩にならない。
いつも玲子さんが一方的にキレて、成之さんは聞き役、宥め役に徹するのがパターンの筈だった。

なのに、今夜は成之さんが怒っていた。

「いったいどういうつもりで薫くんに近づいたんだ。」
別人のように冷たい口調で、成之さんは問い詰めた。

「……はあ?何、それ。向こうから寄って来たのよ。オフィスまで押しかけて、まとわりつかれて、いい迷惑なんだけど。」

玲子さんはそう言ったけど、本当は薫くんのことも、藤巻くんのことも可愛がってる。
そこに何の悪意も作為もないのに、成之さんは玲子さんがよからぬことを企んでるんじゃないかと思ってるみたい。

でも玲子さんは、成之さんの疑惑を鼻で笑った。
「必死ね。そんなに家族が大事なら、陰でコソコソ家族に逢ってないで、帰ればいいじゃない。」

成之さんはすごい目で玲子さんを睨んだ。
そして、何か言葉を発しようとして……しばらく止まったあと、成之さんは口も目も閉じてしまった。

……貝になってしまった。

それで、玲子さんがキレちゃった。
「まただんまり!都合が悪いことは何も言わないのね。バレてないと思ってるの!?全部知ってるわよ!」

ママが私の手をぎゅっとつないだ。
パパも無言で、私の背中に手を回した。

……パパもママも……もちろん、私も知っていた。
成之さんが、たまに息子や孫に逢ってたこと。

誰も、玲子さんには言わなかった。
でも、ちゃんと玲子さんも気づいてたんだ。

悲しい……。
玲子さんは、怒ってるけど……心で泣いてる気がした。


「……それで?玲子はどうしたいんだ。俺にどうして欲しいんだ。」
成之さんは淡々とそう言った。

玲子さんを尊重するようでいて、何だかビジネスライクというか……とりあえずこの場を納めたいだけのように感じた。

……でも私には、そらぞらしい謝罪や無意味な約束を、今さら玲子さんが求めるとは思えなかった。

半か丁か。
つまりこの場合、成之さんが正式に離婚することを求めるか……あるいは……。


私達親子が固唾をのんで見守ってる中、玲子さんは、静かに口を開いた。

「もう、成之に何も望みたくない。……これ以上、絶望したくないから。」
悲しい響きがいつまでも余韻を残した。

成之さんの顔から血の気が引いたような気がした。
「……すまない。」

やっとそれだけ言って、成之さんは我が家を出て行った。