小夜啼鳥が愛を詠う

「うん。そういう、いかにもなヒトは来ない。他のお客さまの迷惑になるからね。……でも、一見わからない経済ヤクザ?とか、引退した幹部とか……あ。何か気づいても偏見持たないでね。うちに来てくださるかたは、どなたも、大切なお客さまだから。」

マスターはそう言って、軽くウィンクして見せた。

「……わかりました。……わからないもんですね。」

僕がこの純喫茶マチネを手伝い始めて、9ヶ月たつ。

もちろん毎日じゃないけれど、さすがに常連さんだけじゃなく、だいたいのお客さまはわかるつもりだ。

でも、該当者が……わかんない……。


「……競輪好きの調子のいい奈良の先生は違いますよね?」

なんとなくそう聞いたら、マスターは首を横に振った。

「だめだよ。光くん。詮索しない。……まあ中沢さんは、むしろぼんぼんだったらしいけど。」


そして、マスターは壁にかかった古い写真を見上げた。

セピア色の薄ぼんやりした印画紙の中では、いろんな人種、いろんな職種の制服の人達が談笑していた。

「この中にはね、存在するはずのないヒト達、存在してはいけないヒト達がいるんだ。わかるかい?」

「……カサブランカみたいですね。戦前ですよね?ココは中立地帯だったんですか?」

僕が古い洋画を挙げると、マスターはニコッとうなずいた。

「そうそう。まさに、そのイメージ。敵国人も、帝国陸軍将校も、海軍水兵も、特高も、憲兵も、社会主義者も、政治家も、任侠の親分さんも、当時、常連さんにいたんだよ。それから、戸籍のないヒトも、たぶんヒトじゃないヒトも。みんな、ココで本物のコーヒーを楽しむひと時を守るために、尽力してくださったんだ。」

……戸籍のないヒト?ヒトじゃないヒト?

宇宙人でもくるのか?

「千客万来だよ。これからも、この店のコーヒーと、ココでの時間を楽しもうとしてらっしゃるなら、どんなヒトでも、……ヒトでなくても、大切なお客様としてお迎えしてあげてほしい。……頼んだよ。」

マスターはそう言って、時計を見上げた。

「じゃあ、開店しよっか。」

「はい!」


僕は、もう一度セピア色の写真を見て、それからカーテンを上げ、ドアの鍵を開けた。

まるで待っていたかのように、お客様がやってこられる。

「いらっしゃいませ。」

作り笑いじゃない、心からの笑顔でお迎えした。