小夜啼鳥が愛を詠う

……連絡先を聞きたい気もしたけれど……やめた。

ご縁があるというのなら、また逢えるだろう。

「じゃあ。」

ぼくはそう言って、軽く会釈をして、歩み始めた。


すると、Tシャツの裾を引っ張られてしまった。

「ちょ!ストップ!お店は定休日やし、資料館は予約制!……見た目は優雅やのに、せっかちやねんねえ。」

「……引っ張るなら、手にしてよ。シャツ、伸びる。」

足を止めて振り返った。

「しかも、ケチくさっ。」

顔をしかめた彼女は、最初の印象とはずいぶん違って、年相応にかわいらしかった。

……ケチなんて言われたのはじめてだ。

お金に困ったことがなかったので、的外れな揶揄が愉快に思えた。


「明日……は、会議。お稽古、応援合戦の練習……お稽古……」

彼女はぶつぶつと自分の予定を唱えてから、僕に宣言した。

「金曜日。この時間にココに来て。資料、頼んどいたげる。」

「……え……。」

そんなことができるのか?

君はいったい……。

「ほな!お稽古遅れるから、今日はこれで!……金曜日、一緒について回ったげるから、今日は1人でうろつかはらへんほうがいいわ。光、目立ちすぎやわ。怖いおにーさんにお釜掘られるで。」

「……。」

今度こそ本当に呆れて返事できない僕を、きゃらきゃらと明るい声で笑って、天人の彼女は走り出した。

スカートと、セーラーカラーがひらひらとたなびき、名残惜しさを強調した。

あんなに重たいカバンを持ってるのに軽やかな足取りがとてもかわいくて……僕は、いつまでも見とれた。

ら!

いかにも怖そうな……間違いなく本職の任侠の2人連れが、角を曲がってやってきた。

彼女は、彼らに気づいて足を止めた。


……おいおい、走り抜けろよ。

大丈夫か?


ハラハラしてる僕の目に、信じられない光景が映った。

なんと任侠の2人は、天人の彼女に向かって直立不動からの深いお辞儀をしたのだ!

「お嬢!」
と呼んでる声まで聞こえてきた。

……えーと……。

僕よりもはるかに年上のおじさん世代のヤクザが礼儀を尽くす中学生の「お嬢」って……もしかして……いや、もしかしなくても、組長の娘とか、孫とか……そーゆーことか?