小夜啼鳥が愛を詠う

「飲まへんの?」

怪訝そうに天人の彼女が聞いた。

僕は、慌てて水筒を傾けた。

「いや。いただきます。」


既に、胸の痛みは嘘のように消えてしまった。

代わりに、天人の彼女に対する興味が涌いている。


水筒の中は、ぬるいお茶……?

え?

いや、確かにお茶だけど……なんだ?これ。

濃い緑茶じゃない。

お抹茶?


「……おもしろいね。お抹茶を水筒に入れてるんだ。美味しかったよ。ありがとう。ごちそうさま。」

笑顔で水筒を帰すと、天人の彼女もハンカチを返してくれた。

……白いハンカチに緑のシミができていた。


「どういたしまして。……あれから、宇治、行かはりました?」

無表情のまま、唐突に彼女はそう言った。

ドキンと、また、心臓が跳ねた。

「……覚えてた?……僕のこと。」

まるで昔の恋人と再会した壮年のようなことを聞いてしまった。

自分の陳腐な言葉を恥じてると、天人の彼女がふっと笑った。

クールっぽい無表情からの笑顔は、多少シニカルでも、花が咲くようにかわいらしかった。

「そりゃ覚えてるわ。忘れるわけないやん。今日も神戸から?わざわざ来はったん?」

そう言って、きゃらきゃらと笑ったかと思ったら、次の瞬間、彼女は再び胸を押さえてうずくまった。

「大丈夫?」

僕もしゃがんで、天人の彼女の顔を覗き込んだ。

白い頬も、唇も青く変色し、震えていた。

「救急車呼ぼうか。」

そう言って、スマホをポケットから取り出した。

「いい。でも、ここは無理。ごめん……ちょっと、移動したい。手ぇ貸してもらえます?」

「え……ああ。うん。」

よくわからないまま、僕は彼女のカバンを腕にかけ、彼女の両腕を持って立たせようとした。

……身体から力が抜けてる……。

こりゃダメだ。

「失礼。」

僕はそう声をかけてから、天人の彼女の手を僕の首にかけさせて、両脚を掬い上げた。

いわゆるお姫様だっこだ。

彼女は、抵抗も照れも見せず、ただぐったりとしていた。


……貧血かな?

どこに行けばいいんだろう。

とりあえず、この地を出るか。

西のほうへ歩き出す。


軽いな。

首も手足も白くて細い……。

腕にかけたカバンのほうがやけに重いぞ。

……何が入ってるんだろう。

まだ本格的に授業が始まる時期じゃないと思うけど……