小夜啼鳥が愛を詠う

明田さんは、珈琲を飲み終えると、マスターにアトリエの契解除を告げて帰って行った。

結局、最初に僕を見たっきり……視線を合わせようともしなかった……。

表面上は言葉を交わしてくれたけれど……拒絶されていた。


本気で落ち込みそうだ……。


てゆーか、既に、目に見えて落ち込んでしまっていたのかもしれない。

しばらくしてマスターが言った。

「あ。さっき、明田先生にお釣り、渡し忘れた。……光くん、悪いけど、届けてくれない?……今日はお客さまも少ないし、そのまま帰ってくれていいから。明日から三学期だしね。ちゃんと授業受けるんだよ。」

……すぐに嘘だと気づいた。

マスターが気を使ってくれてる……。

泣きそうになった。


「……わかりました。ありがとうございます。」

着替えるのももどかしく、コートを羽織って店を出た。




アトリエに、明田先生の姿はなかった。

ぽつねんと、独り、野木さんが座っていた。


「野木さん。明田さんは?」

そう声をかけると、野木さんが無表情のまま、ゆっくりとこっちを見た。

その目は涙で濡れそぼっていた。

「……小門兄……こんな時でも……綺麗なモンは綺麗……。」

「は?」

何を言ってるのか、よくわからなかった。

野木さんは、床を這うように手探りで鉛筆を手に取った。

唖然としてる僕を無視して、野木さんはスケッチブックを開き、すごい勢いで鉛筆を動かした。

……僕を描いてるらしい。

「野木さん……あの……僕、明田さんを探してるんだけど……。」

そう言ったら、野木さんの手がぴたりと止まった。

ポキッと鉛筆の芯が折れた。

「……明田さん、行くって。……ううん……逃げるって。小門兄……野木は……」

後半は涙で何を言ってるのかよくわからなかった。

スケッチブックにぽたぽたと野木さんの涙がシミをつくる。

僕は慌てて野木さんからスケッチブックを取り上げた。

でも、野木さんは手を離さなかった。

まるで、魚を釣り上げるように、野木さんがスケッチブックにくっついてきた。

……何となくおかしくって……僕は、つい笑ってしまった。

「……ひどい……よく笑える……。小門兄だって、明田さんが行っちゃうの、悲しいはずなのに……。」

泣きじゃくりながら、スケッチブックを抱きかかえてそう訴える野木さんは、すごくかわいかった……。