小夜啼鳥が愛を詠う

特急電車に座ってから、今日の舞台の話をした。

「舞台の桜、綺麗だったね。」

さっちゃんは、そうつぶやいてから、とってつけたように言った。

「ね。光くん。受験が終わったら、もう一度京都に連れてきてくれない?……今度は、光くんの好きな梅を観に。」

……。

珍しく、いや、初めて、さっちゃんが僕をデートらしきモノに誘った。

うれしいけど……ダメだよな。

OKすることは、たやすい。

気楽に遊びに行くぐらいはイイと思いたい。

でも、ココで安請け合いすることは、たぶん、さっちゃんの気持ちに応える意志があるって受け取られそうな気がする。


さっちゃんは、聡い。

わずかな沈黙が、僕の答えだと、ちゃんと察知できる子だ。

案の定、さっちゃんの紅潮したお顔に、不安の色が広がってきた……。


うん。

ダメだ。


僕は、作り笑いで自分の本心を隠して言った。

「じゃあ、受験の次の日にしようか。日曜日なら薫も学校休みだし。久しぶりにさっちゃんに逢えて喜ぶよ。」


さっちゃんの瞳が黒く濡れて、光が揺れる……。

ああ……。

泣かせてしまった……。


僕は伸ばしかけた両手のこぶしをぎゅっと握って耐えた。


胸が痛い。

涙を拭いてあげたい。

でも、今はダメだ。

このまま、耐えるんだ……。

今、僕がさっちゃんに手を差し伸べてしまったら、もう……歯止めが効かない気がする……さっちゃんも……僕も……。


できることなら、この場から逃げ出してしまいたい。

顔を背けてしまいたい。

よりハッキリとした拒絶を示して、修復不能にしてしまいたい。


……でないと、僕は……。



爪の痛みに眉をひそめたら、突然さっちゃんがぷるぷると頭を横に振った。

そして、パシパシと何度もまばたきして、無理矢理に口角を上げて不自然な笑顔を作って見せた。

「うん。ママにお弁当作ってもらう。朝から行って、あちこち回ろう。」


目尻に滲んだ涙は、見ないふりをした。


さっちゃんは、僕の拒絶を、ちゃんと理解して、受け入れた。


……それでいい。

言いしれぬ淋しさを心の中に封印して、僕はさっちゃんにほほ笑んだ。

「ありがとう。さっちゃん。」


これでいい。

もう、充分だ。

僕たちは、今まで通り。

彼氏彼女にはなれないけれど、これまで通り、仲良しでいられるはず。

何も変わらない。

大丈夫。



……いや。

大丈夫じゃない。



何も変わらないんだ……。





自ら招いた最良の結果なのに、僕は本気で落ち込んだ。