小夜啼鳥が愛を詠う

……ん?

けっこう、外国人もいるな。

日本人でも難解なのに、わかるのだろうか。


あ!

あれは!

……驚き過ぎて、僕は何度も見てしまった。

着物の少女のずっと後方……たぶん最後列に金髪の外国人男性。

やっぱり、そうだ!

去年のチャリティー美術展で、池上さんの色紙を見て泣いていた異形のヒトだ。

……池上さんのファンだったのか。

もしかして、あのヒトも寸松庵色紙に入札していたのだろうか。

僕が色紙を落札しちゃって、悪かったかな。



「ね。……お客さんも、まったくの素人って少ないんじゃない?なんか、和綴本を開いてるヒト、多くない?」

さっちゃんが小声で言った。

確かに、独特の記号を付した変体仮名混じりの謡本を持って来てるヒトがけっこういる。

……まあ、何の知識もないヒトがいきなり来ても、よくわからないか。


でも僕はかなり気に入ってしまった。

無言無音で整然と舞台に入って来て座る地謡の能楽師さんたちのたたずまいの美しいこと。

低い地の底から湧き上がるような謡いも、いいな。

みなさん、滑舌がいいから、変わった節回しでも、ちゃんと詞(ことば)が伝わってくる。

もちろん僕は、全文覚えて来てるからわかるんだろうけど。

さっちゃんは、よくわからないらしく……途中で、少し寝てしまったようだ。

……やっぱり興味ないのに、連れて来ちゃって悪かったかな。

てゆーか!

謡本を膝に開いてるヒトでも寝てる!

なるほど。

理解できてもできなくても、眠いものなのか。

このお囃子の音が心地いい睡魔をいざなうのかな。


そんな客席のまったりした空気とは別世界のように、舞台の演者は張り詰めた空気を身にまとっていた。

触れると感電しそうな、ピリピリ。

だいぶ緊張してらっしゃるようだ。


演目は、頼政。

シテは50代の能楽師さん。

後シテの頼政の面と頭巾はとても素敵なんだけど……終演後、この演目を、池上宗真氏で拝見したいと思ってしまった。

たぶん、池上さんなら、本当に頼政の霊を魅せてくれるんだろうな……。