小夜啼鳥が愛を詠う

少女は、あきらかに慣れていた。

いかにもな関係者陣に、丁寧に頭を下げて、挨拶以上の言葉を交わしているようだ。

「吉野天人」「長唄」「ゴールデンウイーク」……そんな単語だけ聞き取ることができた。

……長唄?

思わず、プログラムを開く。

長唄なんて書いてない。

そもそも、能楽と長唄って、関係ないような……。


「光くん。お席、ここみたい。真っ正面。いいお席もらったのねえ。」

さっちゃんが座席表を指差して、ニコニコとそう言った。

すると、淡い桜色の着物の女性がすっと近づいてきた。

「……失礼ですが、小門さまでいらっしゃいますか?」

柔らかいけれど、しっかりした、できる京都の女性!って感じ。

もしかして、幽霊が見えるけど現実的という、池上夫人?

「はい。小門です。……お手紙をくださった……奥さまですか?」、

そう尋ね返すと、夫人は、にっこりとほほえんで、それから深々と頭を下げられた。

「遠くからわざわざのお越し、ありがとうございます。はじめまして。池上の家内でございます。あの……もし、よろしければ、終演後にお時間あらはりますか?少し時間がかかりますが、ぜひ、主人に逢って、感想とか聞かせてやってください。」

……その誘いは……心惹かれるなあ。

でも、遅くなるのは、ちょっと……。

僕は、残念だけれど辞退した。

どうせ、もう春休み。

受験が終わったら、また、来ればいい。

日を改めて、ゆっくりお会いできるなら、そのほうがうれしい。


「……別に少しぐらい遅くなってもよかったのに。」

さっちゃんが残念そうにぼやいていた。



僕らの席は、舞台の正面。

3列めのすごく見やすい席だった。

……あまりにも見やす過ぎて……居眠りしたら、演者にすぐバレそうだな。

席についてから、僕はぐるりと見所(けんしょ)と呼ばれる客席を見渡した。


お客さんの平均年齢高そうだなあ。


……あ。

さっきの着物の女の子だ。

彼女は、中正面と言うエリアの中程に座っていた。

柱が邪魔な位置なんだけど……玄人が好む席らしい。

それにしても……目立つ。

暗い地味な色合いの高齢者の中に、1人だけ華やかな赤い着物の少女。

嫌でも目がいく。