小夜啼鳥が愛を詠う

ご高齢になられてからの舞台からは、芸の円熟味こそあるものの、ただ巧みなものしか感じなかった。

でも若かりし頃の舞台は……別世界だな。

人間国宝さんが現れるだけで、あの簡素な能舞台に謡曲に鮮やかに描かれた世界が広がる。

彼の中の何かが、彼を支配する……。

……怖いぐらい、容赦なく……。


このヒト、ちゃんと自分に戻ることができていたのだろうか。



なんとなく、自分に重ねて考える。

僕の中に彩瀬パパが来るとして……僕はちゃんと自分を保ち続けることができるのだろうか。

いまだに、僕は彩瀬パパの存在を完全には受け止め切れてない。

肯定すると、彩瀬パパが暴走して、あーちゃんを襲ってしまうんじゃないかという不安がないとも言い切れないから。


葛藤を抱え続けてる僕にとって、この能楽師たちの精神状態を伺い知ることが、克服のヒントになるような気がした。



僕は、改めて色紙とチケットのお礼状をしたためて送った。

父の名前で入札したけれど中学三年生男子だと簡単な自己紹介と、池上宗真氏の舞台を楽しみにしていることと、おじいさまの舞が変わった意味に対する疑問を記して。

……加齢で憑依されにくくなるのだろうか?




手紙を投函した翌日の夜、なんと、池上宗真氏ご本人から我が家に電話がかかってきた。

取り次いだおばあちゃんが

「すっ……ごく!イイ声!」
と、興奮していた。

「はい。お電話かわりました。小門……光です。」

何となくドキドキした。

『……光くん?はじめまして。池上です。お手紙ありがとうございました。』

艶のある低い声。

なるほど、めちゃくちゃイイ声だ。

てゆーか、中学生の僕に対しても綺麗な敬語……さすがだな~。

挨拶だけで、僕は池上宗真氏に好感を覚えた。


しばらく形式的な言葉を交わしたあと、池上宗真氏はさらりと核心をついた。

『光くんは、若い頃の祖父と私のお舞台に特別興味があらはるみたいですど、……霊感があらはるんですか?』

僕は、思わず息を呑んだ。

「……周囲はそう思ってます。自分では……よくわかりません。」

『……そうですか。』

池上さんは、少しの間をおいて、穏やかにおっしゃった。

『私も、ほんまのところはよくわかりません。小さい時からお舞台が好きで……気がついたら、こんなことになってました。ただの思い込みとか、錯覚とか……精神疾患と言われることもあります。光くんみたいに、憑依をわかるヒトはわずかですしねぇ。』

……精神疾患……。