小夜啼鳥が愛を詠う

オトナの男性が涙を流すさまは、日常にそうありふれたものじゃない。

ましてやそれが、美貌の外国人というのは、やはり目を引く。

……まあ、会場にはあまりヒトがいないし、特にこのエリアは閑散としているのだけど。


ほんとに、ヒト、いないなあ。

さっちゃん、大丈夫かな?

野木さんたちと一緒だから離れたんだけど……さすがに心配になってきた。

気になって、僕はキョロキョロと、さっちゃんを探した。

次の瞬間、外国人男性の姿は消えていた。

……やっぱり、ヒトじゃなかったのか。

彼が観ていた作品は……これ?

小さい色紙に似合わない強い力のある文字が並んでいる。

パンフレットによると、寸松庵というらしい。

「千代の影を守らん」

和歌か何かだろうか?

ロマンチックだな。


すぐに僕はスマホで調べた。

能の謡いの一節らしい。

『恋重荷』……恋の重荷?

えーと、内容は……何だ?これ。

高貴な女御に懸想した庭男が、憤死後、幽霊となって女御に恨みを晴らし、気が済んだから、今度は女御を見守るって?

……単に、どんな形に姿を変えても、どんな理由をこじつけても……女御のそばにいられれば満足ってことか……。



不思議だな。

言葉の意味はわかる。

でもこの文字からは、もっと温かいものを感じる。

悲愴な恋愛じゃなくて……何だろう……。



続いて僕は、出展者、つまり作者の名前を検索した。

池上宗真、33歳。

書家じゃないだろうと思ったけれど、能楽師らしい。

それで、謡を記したのか……。

ふぅん。

人間国宝の孫……ねえ……。

いかにも!な、端正なイケメンだな。


何気に動画の再生ボタンを押した。

華やかな装束を身に付けたシテが、舞台の真ん中に突っ立っている。

たぶん台詞を言うなり、謡うなりしてるのだろうが、能面で顔が隠れてるし、音声を消しているのでよくわからない。

だが、彼が少しだけ顔を上げた……それだけで、まるで光が彼に降り注いだように見えた。

何て晴れやかなんだろう。

……というか……何か……見えないモノを感じる。

見上げた頭上に、キラキラ光って見える……あれは……天女?