物心つく前から、その少女は僕のものだった。



花の名前の美しい少女。

優しい心と、たおやかな容姿を併せ持つ稀有な存在。

「光くん。」
と、彼女の綺麗な声で呼ばれるだけで、笑顔になれた……。





前世の記憶を持ったまま生まれる。

そんなことが、本当に起こり得るのだろうか。

ずっと……両親にそんな風に思われていたし、正直なところ、僕自身にもよくわからない。

でも、僕にはまだ言葉を発しない時期の記憶がある。

異様に勘がいい。

そして感受性が強過ぎるほどに強い……。

僕がこの世に生を受けて、すぐ……あーちゃん……僕の母親は、本当の僕の父親の名前を呼んだ。

「彩瀬」

……あーちゃんがどれだけ、この彩瀬を愛していたか……馬鹿でもわかるだろう。

でも、「彩瀬」は、一度も僕の前に現れなかった。

まだ僕には「死」という概念がなくて……幻の「彩瀬」をいつも探していた。




すぐに、父親らしき存在が現れた。

どこか違和感のある祖父母の愛情とは一線を画する、深い慈愛の瞳。

……でも不思議なことに、彼は父親ではないという。

それどころか、彼はあーちゃんともまだ……他人だ。


混乱する僕に、彼はいつも話しかけた。

まるで寝物語のように……いや……彼自身の贖罪のように……。

彼のつぶやきには、時系列こそなかったが、公正だった。

パズルのピースが埋まっていくように、僕の中に2人の……いや、ついに姿を顕さなかった父親の「彩瀬」を含めて3人の物語が完成した。



かつて存在した「彩瀬」は、今はいない。

そう僕は認識した。

でも、あーちゃんも、彼も、祖父母も……僕の中に彩瀬を見いだしていた。

僕は、「彩瀬」なのか……。

自己暗示のように、僕は「彩瀬」を自分の中に取り込んだ。




そして、彼は戸籍の上で僕の「お父さん」になった。

あーちゃんが結婚を承諾する前に、僕を「認知」した……自分の子じゃないのに……。

本気で僕を一生守る……お父さんの決意の現れだった。

……お父さんの誠実な愛情は、あーちゃんからつらい記憶と臆病な心を吹き飛ばしてくれた。

あーちゃんがやっと幸せになれる……。