小夜啼鳥が愛を詠う

「来週から半日、研修ですよね?今のうちに、ちゃんと頭に入れたくて……。」

「焦る必要はありませんよ?……資料はまだまだ膨大にありますから。」

え?

これで終わりじゃないの?

……いや……そんな規模じゃないか。

この会社の大きさを考えたら……数日で把握しようなんて無謀だったかしら。

「まあ、ごゆっくり。鬼の居ぬ間に……ですよ。私も2時間程、出て参りますので。」

原さんはそう言って、出て行かれた。

入れ替わりに、秘書の女性がお茶を持ってきてくれた。

……そっか。

鬼の居ぬ間って言ってても、役員秘書は何人もいるし、お掃除のかたも出入りしている。

気軽に……竹原さんを訪ねるわけにはいかない……よね……。

思わず、南側の壁に寄りかかった。

耳を押し当てても、何も聞こえない。

両手を、頬をくっつけても、ぬくもりはない。

……本当に……いるの?

出来心で、トトトトンと、指の関節を立てて壁を打ってみた。

意外とイイ音が響いた。

……あれ?

壁は鉄筋ってわけじゃないのか。

意外と、薄い?

お隣に聞こえちゃったかな?

……。

ふむ。

しばし悩んで、私はもう一度だけ、壁を鳴らしてみた。

軽く早めに4回。

欧米のマナーでは、正式なノックの回数は4回と定められている。

3回は、家族、恋人、親しい友人。
2回は、トイレのノック。

……でも、私のイメージは……「運命」。

初めて竹原さんにお会いしてから10ヶ月。

やっと近くに来れたのに、最初におじいさまのお部屋でお顔を見たきり。

ご縁に導かれてこうしてココにいることはわかってる。

でも……できることなら、運命の扉を開けたい。

逢いたい。

目を閉じて、壁に額をくっつけた。

運命のノックは、まるで雷のようにダイレクトに私の脳天を貫いた。

私の鳴らした音よりも、低い、はっきりした「ジャジャジャジャーン」。

通じた……。

涙が、ぶわっとこみ上げてきた。

私は……衝動的に部屋を飛び出した。

隣の部屋の前に立つ前に、中から扉が開いた。

竹原さんが……何とも言えない表情で顔を出した。

「あ……。」

やっとせっかくお顔を見られたのに……涙で歪んで、よく見えない。